かっこよい人

約50年前、おやつに作った洋ナシのケーキが変えた人生 「タルトメッセ」店主 マダムヨシエさん

大阪の谷町九丁目にパリの街角にありそうな小さなケーキ店「タルトメッセ」がある。中に入ると都会の喧騒がうそのようなフワッとした空気が流れる。店の奥の厨房では、かわいい小柄なマダムが毎日自慢のレシピでタルトを焼いている。人気ナンバーワンは、洋ナシのタルトだ。トレードマークのベレー帽がお似合いのマダムヨシエさんは驚くほど元気だ。「なんとなくきてしまった80歳です」とヨシエさん。
約50年ほど前に、誕生した洋ナシのタルトが、マダムヨシエさんの運命を変え、80歳になった今も現役でパティシエを続けるきっかけになった。
進化を続けるマダムヨシエさんに、ケーキにかけた人生を伺った。

マダムヨシエ(小川美枝さん)
1942年生まれ。大阪生まれの大阪育ち。専業主婦だった頃に子どものおやつとして独学でつくっていたタルトが心斎橋のイタリア料理店「ピエトラサンタ」のデザートとして納めることになる。以来、食後のデザートとして多くの料理人、著名人に愛され続け、15年以上に渡り納め続ける。1996年4月 谷町筋生玉寺にタルトメッセをオープン。2003年に現在の地(生玉前町)に移転。多くの著名人、芸能人に愛されている。
目次

子どものおやつに焼いたタルトがケーキ人生のはじまり

今から約50年近く前のこと、ヨシエさんは専業主婦として3人の息子を育てていた。子どもたちの手がかからなくなり、高校生の頃に弟子入りしていた木彫り作家の大山昭子さんのところに再び通い始めた。大山昭子さんは、当時ラジオやテレビにも出演しており、愛らしい木彫りは多くの人の心を和ませてくれていた。子どものおやつに焼いたケーキを手土産に持って行ったことで、ヨシエさんの運命が大きく動き始めた。

マダムヨシエさん(以下、ヨシエ)
おやつに作っていたケーキを持っていったら、うちの店に出してといわれたんです。大山さんがイタリア料理店「ビエトラサンタ」を経営していて、そこのデザートに出したいと頼まれました。お菓子の勉強をしていたわけでもないので何回も断ったんですが「あんた木彫りしているより、ケーキを焼くほうがええで」って言われたんです。

ヨシエさんの木彫の作品

そのときに持って行ったケーキが洋ナシのタルトだった。当時、洋ナシはあまりなじみのない果物だったはずである。なぜ、洋ナシのタルトだったのだろうか。

ヨシエ
洋ナシの缶詰を息子たちが食べなくて余っちゃったんです。もったいないんで何かできないかなと思ったんです。そしたら、洋ナシのパイのレシピを見つけたんです。でもパイより、タルトがいいと思って、自分流にアレンジして焼いてみました。

洋ナシの缶詰があまったから焼いてみたタルトが、大山さんの目に留まり、イタリア料理店の最後のデザートととして納めることになる。とはいえ、ケーキを出すには、いろいろ注文があった。なるべくお皿にくっつかないこと。イタリア料理の最後に出すので、しつこくないこと等である。「ピエトラサンタ」のシェフからもアドバイスを受け、何度も試行錯誤の結果、砂糖をできるかぎり少なくし、ギリギリのラインの分量にした。22㎝のホールに卵は1個だけしか使っていない。こうして甘すぎず、あっさりとした洋ナシのタルトが完成した。タルトの生地は、口に入れるとホロっと口に広がる。一度、食べたらまた食べたくなる記憶に残る味である。

人気No.1 洋梨のタルト

ヨシエ
ほぼ遊びで作っていたんで、商売にする気はなかったんです。家で焼いて、ケーキがなくなったよ~って言われたら持っていく感じでした。

ところが、そのイタリア料理店は、関西の料理人、著名人が数多く訪れる場所だった。お客さんには、料理研究家の土井信子さんがいた。あの土井善晴氏のお母さんだ。土井信子さんは、レストランで会をするときには必ずヨシエさんの洋ナシのタルトをリクエストした。辻調理師専門学校のフランス料理の先生もファンになってくれた。
こうして、食後のデザートとしてファンが増え続け、15年以上に渡り納め続けた。

ヨシエ
料理のプロが褒めてくれる。ワクワクドキドキしました。

マダム・ヨシエ、店を出す!そして、研鑽を積む

ケーキ作りが楽しくなり、息子3人にも手がかからなくなってきた1996年、ヨシエさんは、自宅近くで小さなケーキ店「タルトメッセ」をオープンした。わずか7坪の小さな店である。ケーキとお茶も楽しめるカフェも併設した。
タルトしかないの?とか、シロウトがやっている店と言われることもあり、悔しい思いもした。
しかし、近所にあった進学塾の子どもの送り迎えをするママたちが、こぞってやってきた。

ヨシエ
狭くてテーブル三席と、椅子席が6、7席だけだったんですが、ママさんたちのおかげでほんま忙しくさせてもらいました。

5種類くらいのケーキを出していたそうだが、ほとんどの方が洋ナシのタルトを注文した。もう少し、広い場所でと、2003年に現在の場所に移転することになった。



この頃、ヨシエさんは京都の洋菓子教室に通い始める。どうしても基礎を学びたかったのだそうだ。

ヨシエ
今までずっと独学でやってきたので基礎を学びたかったんです。京都の「オ・グルニエ・ドール ※1」の西原金蔵さんが主催していたお菓子教室に通いました。以前から金蔵さんのケーキがおいしくてよく買いに行ってたんです。最初、自分が店をしていることが言い出せずに黙って通ってたんですが、2年位して意を決してパティシエだということを話しました。

「オ・グルニエ・ドール」の西原金蔵氏といえば、日本を代表するパティスリーである。「私はマネはしません。基礎を学んでこなかったので基礎から学びたい」と伝えると「なんぼでも来てください」と快諾してくれた。さらに東京の「フランス文化を識る会 ※2」にも足を運んだ。フランスで活躍するパティシエを招き、フランスの製菓芸術を教えてくれる講習会である。

ヨシエ
ホテル出身の方が多くて、プロばかりの中でプレッシャーがすごくありました。

ヨシエさんの向上心は止まらない。常に何かを得ておかないという気持ちがあったという。それは80歳になった今も変わらない。

※1「オ・グルニエ・ドール」の西原金蔵:1953年生まれ。京都グランドホテル、辻調理師専門学校を経て渡仏し、第30回アルパジョンコンクール ピエスモンテ部門銅賞受賞。
帰国後神戸、フランス・ミヨネーの3つ星レストラン「アラン・シャペル」、「資生堂パーラー」「ホテルオークラ神戸」でシェフパティシエを務め、2001年京都に「パティスリー オ・グルニエ・ドール」を開店。2018年5月31日、65歳の節目に、17年続いた店舗を惜しまれつつ閉店。1年間の充電期間を経て、土日限定の「コンフィズリー」のお店「confiserie ESPACE KINZO(コンフィズリー エスパス・キンゾー)」をオープン。

※2 フランス文化を識る会:フランスの文化、歴史、経済を通して日仏文化・経済の交流と親善の強化を目的に、1965年に創設。フランス料理、フランス菓子、レストラン・サーヴィス技術、製菓界のためのフランス・ラッピング、病院調理技術の講習会を、フランスの優れたプロフェッショナルを招聘して毎年開催。

私のお菓子作りは世界でたったひとつ

一流のパティシエから基礎を学び、知識も得たが、タルトの生地作りは変えてはいない。

ヨシエ
金蔵さんのやり方でタルトを作ったら店頭に並べるのが間に合わへん。だから私の作り方は世界でたったひとつです。ほぼ自分流ですが、ケーキは空気の入れ方で変わるんです。
独学だから「シロウトの怖いもんなし」と言われたりしましたよ。

タルトづくりはとても手間のかかる作業だ。タルト生地を焼き、クリームを加えてまた焼き、フルーツを加えてさらに焼く。ケーキが完成するまでは、気を抜く暇はない。
初めてレストランにケーキを提供してから50年近い月日が流れた。現在は、ヨシエさんと次男の栄亮さん、そして女性スタッフ1名の3人で運営している。新作を考えるのは、ヨシエさんだ。最近はワインに合う胡椒やレッドペッパーが効いた大人のマドレーヌを考案した。

「タルトメッセ」には、芸能人のファンも多い。ヨシエさんの知人であるメイクアップアーティストのTAKAKOさんが安倍元総理に洋ナシのタルトを送ったことがあった。すると、おいしさに感激した安倍元総理が、ヨシエさん宛に御礼状を送ってくれた。「あっという間に一切れ全部食べてしまった」と、心のこもったメッセージが添えられていた。
アン・ミカさんはお店のオープン当時からのファンで、今も足を運んでくれる。また、なにわ男子やジャニーズWESTのファンの聖地でもあり、ファンがよくやってくる。

ケーキが繋ぐ縁の輪

今でも好奇心旺盛で、常にチャレンジ精神を持っているヨシエさんに、元気の秘訣を聞くと…

ヨシエ
店が終わったら、気持ちをフラットにして適当になんか食べて一杯やって、はい、ご苦労さんって締める。月火が休みなんで、休みの日は好きな友達に会って、美味しいもの食べてます。

時には、店で人を招いてホームパーティーが開催される。ケーキが縁で繋がった輪が、どんどん広がっている。
今でも大阪から京都に遊びに行き、終電で帰ってくることもあるというパワフルさだ。
「自分が作ったケーキをたくさんの人が口にされたと思うだけで幸せ」とヨシエさんは言う。仕事の合間を縫っては、1日2回はフェイスブック、インスタを自らが更新している。
ケーキを世に出すきっかけになった木彫りの師匠でもある大山昭子さんが、ヨシエさんに言ってくれた言葉を今でも大切にしている。
「木を勝手に彫るんじゃない。木に何になりたいかを問うてから彫らなあかん」。
ケーキ作りにもこの言葉は生かされている。

マンゴーのタルト
イチジクのタルト

ヨシエ
フルーツを飾る時はフルーツの顔を見て大山昭子先生が言っておられた「何になりたいか?」と考えます。
マンゴーの熟し方とかでも変わります。マンゴーはバラの花に、イチジクは帽子をつけてブルーベリーで目をつけたら可愛い。
上手くレイアウトできたらめちゃ嬉しいです。

イチジクのタルト

ヨシエさんの作るケーキは、見ているだけで愛おしく、食べる前からほっこりしてしまう。
いつも閃いたらすぐに試したくなるというヨシエさんは、朝に「あっ、こんなん作りたい」と思い立ったら、すぐに行動に移す。真っ赤なケーキも作ってみたいと思案中である。タルトメッセの80歳のマダムヨシエさんはまだまだ進化し続けている。

タルトメッセ

住所
〒543-0072
大阪市天王寺区生玉前町2-11

電話番号
06-6774-0804

取材・文=湯川真理子

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