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人気の中華風家庭料理「ふーみん」の斉風瑞さんが語る、振り向く暇もない忙しい「ふーみん」時代を経て得た、マイペースな生き方

ドキュメンタリー映画『キッチンから花束を』は、東京・南青山にある中華風家庭料理「ふーみん」の斉風瑞(さいふうみ)さんの半生を描いた作品。「ふーみん」誕生秘話から、引退、現在に至るまで、斉さんが「ふーみん」時代の思い出と苦労やプライベートについてお話ししてくださいました。

斉風瑞(さい・ふうみ)
1971年、東京・渋谷区神宮前に中華風家庭料理のお店「ふーみん」をオープン。その後、南青山の小原流会館の地下に移転し。45年間シェフを務めたのち、引退。現在は神奈川県・溝の口で、1日1組限定のお店「斉」のシェフとして腕を奮っている。
目次

「ふーみん」50周年記念のドキュメンタリー映画

(映画『キッチンから花束を』より)

ドキュメンタリー映画『キッチンから花束を』は、「ふーみん」のお料理が美味しそうで、映画を観ながら、お腹が空いて仕方がありませんでした。まずドキュメンタリー映画の話が来たときのことからお伺いしたいのですが、どういう経緯だったのですか?

斉風瑞さん(以下、ふーみんママ)
菊池久志監督はお客様だったのですが、ある日お店にいらしたとき「ママ、映画撮ろうよ」と声をかけられたんです。「なんで?」って感じでしたよ。私の人生はまったく波瀾万丈じゃありません。平々凡々と生きてきたので。

でもちょうど中華風家庭料理の店「ふーみん」をオープンしてから50周年だったので、その節目の記念になればいいなと思って引き受けました。

映画撮影は初ですよね。大変でしたか?

ふーみんママ
撮影期間は3年間くらいでしたが、全然大変じゃなかったです。私は普段通りに働いていただけですから。1、2度、映画用にお正月料理を作ったりしましたけど、映画のためにしたことはそれくらいですね。

映画スタッフの皆さんがいらして、撮影していても「ああ、カメラ回っているな~」と思うくらいでしたよ。

監督は、ふーみんさんやスタッフの皆さんの仕事をしっかり捉えつつ、邪魔をしないように、さまざまなことに配慮して撮影されていたんですね。完成した映画をご覧になって、いかがでしたか?

ふーみんママ
自分の映画が作られるなんて想像もしていなかったので、本当にありがたいことだと思いました。自分の人生をとても素敵に演出してくださって、とてもうれしかったですね。

友だちの一言でひらめいて「ふーみん」開店!

映画でも描かれていますが「ふーみん」を始めるきっかけは、手料理をごちそうしたお友だちの一言だったそうですね。「ふーみん」の歴史について、お話を伺いたいです。

ふーみんママ
私が作った料理を食べた友人が「こんなに美味しいものを私たちだけで食べるのはもったいないわ」と言った、その一言が決め手になりました。

そのとき、美容師の道に進もうかどうしようかと進路に悩んでいたのですが、彼女の言葉で「飲食店をやろう!」とひらめいたんです。なんの経験もないのに(笑)。思い切ったことをしたと思います。

でもやりたいと思っても、お店を立ち上げるまでは大変だったと思います。最初のお店は神宮前だったそうですが、なぜ神宮前を選ばれたのでしょうか?

ふーみんママ
いろいろな候補地はあったのですが、私が神宮前の風景が好きだったんです。地下は苦手だったのですが、そのビルの地下は窓があり陽射しが入って明るかったので。8坪くらいの小ささでしたがそれで決めました。

最初はどなたと一緒に始めたんですか? またメニューはどうやって決めたのですか?

ふーみんママ
はじめは「このお料理を私たちだけで食べるのはもったいない」と言った友人が手伝ってくれて、二人でスタートしました。私は中華麺が大好きなので、麺類と小腹が空いた時に食べられるようなお料理をメニューにしました。実家の料理をお店で出したような感じです。

最初から順調でしたか?

ふーみんママ
最初は赤字だったかもしれません。でも、当時の神宮前は飲食店が少なくて、お店に来るみなさんは小腹ではなく、お腹いっぱい食べたいというお客様が多かったので、その要望をメニューに反映させながら改善していきました。

憧れの青山店へ移転。順調に見えつつも人知れぬ苦労も

今の青山店に移転したのは、なぜでしょうか?

ふーみんママ
神宮前から渋谷の桜ヶ丘に移転してしばらく経った頃、諸事情によりお店を出ていかなければならなくなったのです。青山の店舗を最初に見たときは、かなり広いので、迷いましたね。

でも神宮にいた頃から、青山は憧れの場所だったんです。「あの店舗はあなたには大きすぎる」と言われたりしたけど、決めました。

ふーみん青山店(映画『キッチンから花束を』より)

「ふーみん」は長きに渡って多くの方に愛されている印象です。ずっとお忙しくされていらっしゃると思いますが、途中で挫折することなど、なかったのでしょうか?

ふーみんママ
ずっと厨房にいて、後ろを振り返る余裕もないほど忙しく働いていました。でも挫折経験はありますよ。主に人間関係ですね。やはり人を雇うのは難しいものです。

従業員とのコミュニケーションが取れなくて「もう嫌だ、消えていなくなりたい」と思うことは度々ありました。新しくスタッフが入ってきても、翌日から来なくなったり……。あと表向きはお客さんがたくさん入っていて順調に見えていたと思いますが、こんなに身を粉にして働いているのに結果が出ない時期が何年もあったんです。

毎月、スタッフの給料の心配ばかりをしていました。繁盛しているように見えますが、余裕はありませんでした。悩みをひとりで抱え込んでいたので、胸が痛かったです。

経営面ではご苦労されていたんですね。飲食店も流行がありますが、神宮前のお店ではメニューを改善されていました。青山店ではどうでしたか?

ふーみんママ
青山店は昔からあるメニューでやっています。長く「ふーみん」に来てくださるお客様からは「ずっとメニューを変えずにやっているのは大したもんだ」と言われます。それは私の誇りです。

納豆ごはん(映画『キッチンから花束を』より)
豚 バラ肉の梅干し煮(映画『キッチンから花束を』より)

和田誠さんが発案したメニュー「ねぎワンタン」

「ふーみん」には著名な文化人の方も常連客としていらっしゃいますね。映画では平野レミさんがインタビューに答えていますが、ご主人の和田誠さんも常連で、人気メニューのねぎワンタンは和田さん考案のメニューだとか。

ふーみんママ
そうです。和田さんがネギそばを食べながら「これワンタンにしたらどう?」っておっしゃったんです。私は「え~ワンタン?」と思ったのですが、試しに家で作ってみたら美味しかったので、メニューに入れました。大当たりでしたね。

ねぎワンタン(映画『キッチンから花束を』より)

和田さん始め、文化人のお客様が多いのは、ふーみんさんが作るお料理の魅力もありますが、土地柄もありそうですね。

ふーみんママ
文化人の多い土地柄だったと思います。和田さんは神宮前のお店からいらしていて、まだ独身時代。和田さんのところにみんな集まって、外苑一周マラソンとかやっていたんですよ。で、そのあとに皆さんで「ふーみん」に食事に来てくださいました。永六輔さんとか、渥美清さんもいらしていましたね。

え、渥美清さん! 寅さんもいらしていたんですね。

中華鍋を片手で持つのがしんどくなり「ふーみん」からの引退を決意

70歳のときに「ふーみん」を引退されましたが、理由は年齢や体力でしょうか?

ふーみんママ
そうですね、70歳少し前に厨房でお料理をしていたら、中華鍋を片手で持つのが危なっかしくなってきたんです。そのとき、これは続けられないなと思ったんです。

お店は甥が手伝ってくれていたので、彼に「私はお店を小さくしたいんだけど、あなたはどうする?」と聞いたら「僕はこのまま青山でやりたい」と言うので、「ふーみん」を甥に任せることにしたんです。

「ふーみん」を引退しても、飲食店は辞めず、小さなお店で続けようと思っていたんですね。

ふーみんママ
60代から考えていました。最初に始めたのは8坪の店だったので、原点に戻って、見た目は小さいけれど、中身は充実した大きなお店にしようと思いました。

それが今の「斉」なのでしょうか?

ふーみんママ
また自分がやりたいことができる場所を探して、行き着いたのがここでした。実はお客様の紹介なんです。

「斉」のある建物に住んでいらっしゃる、そのお客様にお呼ばれして遊びに伺ったら、とても素敵な場所で。溝の口には縁がなかったけれど、ひと目惚れ。「私はここでお店をやりたい」と申し込みまして、3年かかって実現しました。

1日1組限定なので「ふーみん」のときのような「振り返る暇もない」という忙しさはなく、マイペースにできそうですね。

ふーみんママ
そうですね。1週間に2日の営業なので、前日に仕込みはありますが、自分の時間を作れますし、いい流れで日々過ごせています。年齢のこともあるので、お店を大きくするつもりはもうありません。

溝の口「斉」(映画『キッチンから花束を』より)

ふーみんさんにとって、癒しは何でしょうか? 忙しい時期から今まで、体と気持ちを休めるためにしていたことは?

ふーみんママ
私は温泉が好きなので、近場だと箱根の温泉宿に行くのが癒しです。普段はお客様のおもてなししているので、上げ膳据え膳で過ごす時間がとてもうれしくて。美味しいものをいただくのが好きなんです。

でも「ふーみん」時代は、結局仕事が忙しくて次第に旅行へ行く時間は取れなくなりました。

いまは、このマンションの別棟にあるサロンでお茶とケーキをいただく時間が好きですね。

お客様の「美味しい」の言葉が、料理人としても喜び

料理人としての喜びは何でしょうか?

ふーみんママ
やはりお客様に「美味しかった」と言っていただくことがいちばんですが、その「美味しい」の表現をいろいろな言葉で言っていただけて、それがとてもうれしいです。

お客様の中では、お食事をしながら「生きていて良かった」という方もいらっしゃいました。オーバーな表現に聞こえるかもしれませんが、ポロッと出た言葉なので、本当にそう思ってくださっていると思うとうれしい。

また「主人は体の調子が悪いのですが、元気になったらまたふーみんさんのお店で食事がしたいと言っています」なんてお客様の言葉を聞くと、大変なときに私の料理を思い出してくださるなんて……と胸がいっぱいになります。

たくさん悩みながら、お料理の世界で働いてきて「何のためにやっているの?」と思うこともあったけど、お客様のいろいろなうれしい言葉を聞いて、いま本当に幸せな気持ちです。

仕事を続けることが健康の秘訣

キネヅカの読者は、ふーみんさんと同世代の方も多いんです。今も現役の料理人のふーみんさんに、健康的に暮らすコツを教えていただきたいです。

ふーみんママ
私より少し先輩で同じ料理人の方に言われた言葉があるんです。「仕事を辞めてはダメよ。仕事を辞めると具合が悪くなるから」って。

それは本当で、「ふーみん」辞めたあと、少し休んでいる間に脳梗塞を経験しました。「もう自分は終わりかな」と思ったりしたのですが、発見が早かったので治り、そのとき先輩の言葉を思い出しました。こういうことなのかと。

だから仕事があるうちは続けていた方がいいですよ。若い頃のようにがむしゃらにやらなくてもいいんです。自分のペースでいいから、続けてください。それが日々の生活に力を与えてくれると思います。

映画『キッチンから花束を』
2024年5月31日より全国順次公開

映画『キッチンから花束を』ポスター
  • 監督:菊池久志
  • 出演:斉風瑞
  • 語り:井川遥

(C)Eight Pictures

映画『キッチンから花束を』公式サイト

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取材・文=斎藤 香
写真=納谷 陽平
写真提供=ⒸEight Pictures

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