かっこよい人

『ダイシン百貨店』から『ドン・キホーテへ』――青果一筋60年。吉田富男さんが“引退”を考えない理由

『MEGAドン·キホーテ大森山王店』の青果コーナーは、都内屈指の売り場面積を誇る。豊富な品ぞろえに加え、店内を埋め尽くすポップも見応え十分。広々とした売り場は、筆者がこれまで抱いていた『ドン·キホーテ』のイメージを覆すほど、快適で美しい売り場だった。

その青果コーナーで働いているのが、吉田富男さん(82歳)だ。この場所が『ダイシン百貨店』だった時代から青果に携わり、この道60年以上になるという。吉田さんは長年売り場に立ちながら、大森の人たちとのつながりを大切にしてきた。今回は、そんな吉田さんの人生から、仕事を通じて社会や人とつながることの大切さについて、学んでいきたい。

吉田富男
1943年生まれ、長野県出身。『ダイシン百貨店』入社後、60年以上にわたり青果一筋で働き続ける。現在は『MEGAドン·キホーテ大森山王店』の青果売り場に勤務。地域に根ざした接客と豊富な知識で多くの常連客から親しまれている。
目次

終戦から始まった商売の道

吉田さんの、1日の流れについて教えてください。

吉田富男(以下、吉田)
私は週5日、7時から16時まで勤務しています。主な業務は品出しです。数が減っている商品から品出しをしていくのですが、店が開店してからは、お客さんの流れや売れ行きをその場で見ながら商品を作っていきます。あとは、お客さんから私のもとに直接注文が入ることがあるので、その商品の準備をするのも私の仕事です。

“直接”というのは、吉田さんに直接連絡が来るということですか?

吉田
そうです。市場や居酒屋から、僕の携帯に直接連絡がきます。注文が入ったら朝1番に仕入れ先に電話して、用意しておいてもらうんです。今日も、わさびの注文を受けました(笑)。品物がお店に直接届くように、手配もします。

長年のつながりがあるからこその仕事ですね。

吉田
お客さんも、顔馴染みの人が多いですよ。売り場で常連さんに会ったら、「元気か!」と声をかけられます。お互い顔や名前は覚えているし、私が休むとお客さんに心配されます(笑)。逆に、いつも来る人の顔を見なくなると、私も心配します。神奈川にお嫁に行った方が、わざわざ寄ってくれたこともあります。

地域の方にとって吉田さんは、単なる“店員さん”ではないんですね。そもそも、吉田さんはなぜ青果の道を選んだのでしょうか?

吉田
私は長野県出身なのですが、『ダイシン百貨店』の社長も同郷なんです。父と社長が知り合いだったこともあり、そのつながりで『ダイシン百貨店』に入社させてもらいました。入社後は、社長に「お前は八百屋が向いている」と言われたんです。そう言われたら、もうやるしかないですよね(笑)。

なぜ向いていると思ったのでしょうか?

吉田
僕は小さいころから、“商売”が好きだったんです。芝居小屋でものを売るアルバイトもしていましたから。そういうことも知っていたんでしょうね。

吉田
八百屋は、商売の基本です。自分の目で見て、自分で仕入れて、自分で値段をつけて、売る。自分で判断して用意した商品が綺麗に売れたときは、やっぱり気持ちいいですよ。商売人として、満足感があります。私はその瞬間が好きですし、やりがいを感じています。

昔にくらべて、売り場にはどんな変化がありましたか?

吉田
“売り方”が変わってきましたね。昔は、商品をもっと細かく分けて売っていたんです。トマトやじゃがいもはバラ売り、里芋は2個セットのパックを作ったりとか。お惣菜も、海苔巻きやお稲荷さんは1個ずつ買えるようにしたり。というのも、昔このあたりはお年寄りの方が多かったんです。「そんなに食えねえんだから、もっと少なくしろ」と要望があって、細かい売り方をしていました。

今日売り場を少し拝見させていただきましたが、いまはボリュームのある商品が多いですね。

吉田
ファミリー層が徐々に増えてきたんです。冷凍保存ができるようになったのもあるかもしれませんが、このあたりの客層が変わったのが理由だと思います。こんなふうに、商売はお客さんの変化に敏感でいることが大事です。同じことを繰り返すのではなくて、変化に対応するから商売は続けられるんです。

吉田さん自身の変化についてもお伺いしたいのですが、昔はどんなふうに働いていましたか?

吉田
いまと違って、働けば給料になる時代でしたからね。毎日14~15時間は働いていました。あとは、私も若かったので血の気が多かったですよ(笑)。いまは年を重ねて丸くなりましたけど、大きな声で怒鳴ったりもしていました。仕事場はピリピリした雰囲気だったと思います。でも、後輩をよく飲みに連れて行きましたし、仕事が終われば腹を割って話すような関係でした。だからみんなもついてきてくれたんだと思います。

人間関係の築き方も、時代とともに変わりましたよね。

吉田
ダイシン百貨店の社長もおっかない方でしたよ(笑)。最初は口も聞けなかったですね。僕もよく怒られましたけど、そのあと呼び出されてビール券をくれたりしました。

吉田
社長は特攻隊に所属されていたんですけど、終戦になったので戦地には行かずにすんだんです。それで、社長の実家がリンゴ農家だったんですよ。終戦後、社長は木炭車にリンゴを積んで、長野から運んできて売ったそうです。それが『ダイシン百貨店』の始まりでした。それから下着などの衣類も販売するようになって、店を増築していったんです。終戦して間もないころだったので、なんでも売れる時代でした。

時代背景もあったかもしれませんが、社長さんは商売に長けたお方だったんですね。

「自分のために働け」

吉田さんは、以前膝の手術をされたと伺いました。おいくつくらいのときでしょうか?

吉田
78歳のときです。両膝が痛くて、手術をすることになったんですけど、ちょうどそのころコロナになってしまって。手術が半年くらい延期になってしまったんですよ。そのときも仕事はしていましたが、膝が痛くて半人前くらいの働きしかできなくて……。それが1番辛かったですね。でも、周りの仲間がフォローしてくれて、なんとか乗り切りました。

手術後は、リハビリをされたんですか?

吉田
膝に人工骨を入れたんですけど、それから両足1か月ずつくらいリハビリをして、仕事に復帰したんです。でも長く休んでいたから、おぼつかなくて。「これは鍛えるしかない」と思い、そこから毎日、膝を曲げるトレーニングを両足50回ずつ始めました。

それはすごいですね。

吉田
青果の品出しは、重いものを持つことが多いので。トレーニングの甲斐もあり、いまでも20キロくらいの野菜の段ボールを運ぶことができます。体重も83キロあったんですけど、3年かけて18キロも痩せました。

そうだったんですね……!驚きです。でも78歳で手術に直面したら、仕事を引退するという選択をしても不思議ではないと思うのですが、なぜ復帰をすることにしたのでしょうか。

吉田
引退する気はなかったですね。昔から生粋の仕事人間だったというのもあって、どうしても落ち着いた生活をしようという気にならないんです。仕事を辞めたら、ボケちゃいそうだしね(笑)。それが1番心配だよ。

それが仕事を続ける理由だと。

吉田
これまでずっと仕事人間でやってきたからね……。私は釣りが趣味なんですけど、それも毎日行くわけじゃないし。仲間が4人いるんですけど、たとえば一緒にカラオケに行くって言ったって、それも月に1回とかだろうし。仕事がなかったら、結局朝から酒を飲んで寝て、ぐーたらしてるんじゃないかな(笑)。

日々の張り合いがなくなってしまうということですね。

吉田
そうそう。幸い、まだ体を動かすことは全然苦にならないので、元気なうちは働きたいです。私がいないと心配するお客さんもいるしね。

社会と人の“つながり”は大切ですね。吉田さんは、昔に比べて「働くこと」に対する考え方は変わりましたか?

吉田
若い世代の子には、「自分のために働け」とよく言っています。店のために商売しなくてもいいから、自分のためにやれって。そうすると、自然とお店の役に立ってくるんですよ。ひとり暮らしなら自分のため、家族がいるなら家族のため。その方が、仕事も長く続けられます。

吉田さんがその考えにたどり着いたのは、きっかけがあるのでしょうか?

吉田
やっぱり、いまのカミさんと出会ってからですね。それまで、私はお店のために働いていました。でも結婚して、28歳のときに子どもができて、東京に家も買って……。これからは自分やカミさんのために頑張らねえとな、と思ったんです。

それは素敵な理由ですね。

吉田
いまは、年に3回カミさんと旅行に行きます。休みの日も、映画に行ったりお寺を見に行ったりしてるんです。

めちゃくちゃ仲良いじゃないですか……!

吉田
カミさんは花が好きでね。このあいだも深大寺の『ばら園』に連れて行かれましたよ。俺は寝ていたいんだけどなぁ(笑)。でもそういう時間が、人生を楽しむコツですかね。8月も孫たちと一緒に旅行に行くんですけど、いまはそれが楽しみです。

あとがき

吉田さんが60年以上も売り場に立ち続けてこられた原動力は、「売り上げ」や「仕事」そのものではない。常連のお客さんと交わす何気ない会話や、長年かけて築いてきた信頼関係。そして、家族との時間。その一つひとつが、吉田さんの居場所になっているのだろう。  

仕事は、生活のためだけにあるものではなく、人とつながり、自分らしく生きるための手段でもある。そんな当たり前だけれど忘れがちなことを、82歳になったいまも変わらず売り場に立ち続ける吉田さんの姿が、静かに教えてくれた。

MEGAドン・キホーテ大森山王店

住所
〒143-0023
東京都 大田区山王3-6-3

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取材・文=はるまきもえ
写真=鈴木 潤一

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