かっこよい人

映画『月影のゴールデン街』で憧れのマスター役に。

俳優・渡辺いっけいさん「言わないことの大切さ」とスタッフへのリスペクト

新宿ゴールデン街の小さなスナックを舞台に常連客が織りなす人間模様を描いた『月影のゴールデン街』の主演・渡辺いっけいさんにインタビュー。初のバーテンダー役について、キャリアについてなど、興味深いお話をたっぷり伺った。

渡辺いっけいさんプロフィール
1962年、愛知県出身。舞台、映画、ドラマなど多方面で活躍。主なドラマ作品、連続テレビ小説『ひらり』(1992)『風のハルカ』(2005)『あさが来た』(2016)大河ドラマ『翔ぶが如く』(1990)『葵 徳川三代』(2000)『義経』(2005)『龍馬伝』(2010)『青天を衝け』(2021)(いずれもNHK)『バイプレイヤーズ~名脇役の森の100日間~』(2021/テレビ東京)ほか。主な映画作品『ストロベリーナイト』(2013)『梅切らぬバカ』(2021)『黒牢城』(2026)『開戦前夜』(2026)。最新作は映画『つりこまち』(2026年11月27日公開予定)『仏師』(2027年公開予定)
目次

スナックのマスター役の魅力は“寡黙さ”

映画『月影のゴールデン街』は、新宿ゴールデン街のスナックを舞台にしたマスターと常連客の35年にわたる悲喜こもごもの物語。渡辺いっけいさんが演じるのは、上京したばかりの若者・ギンジ(粟島瑞丸)が迷い込んだ小さなスナック「スイカズラ」のマスター青木。黙々とお酒を作ってはお客さんに提供し続ける青木役をどのように考えて役作りをしたのか。まずはスナックのマスター役についてお話しを聞いた。

『月影のゴールデン街』のマスター青木役を引き受けた決め手について教えてください。

渡辺いっけいさん(以下、渡辺さん)
僕はスナックのマスター役をずっと演じてみたかったんです。初めて挑戦する役なので、オファーをいただいたときは素直に「うれしい」と思いました。

なぜマスター役に惹かれたのでしょうか?

渡辺さん
子どもの頃から、“あまり話さないけれどちゃんとそこにいる”というキャラクターが好きだったんです。学園ドラマだと一匹狼として現れる男子とか、人とつるまずにひとりでいるヤツがすごく好きで。スナックのマスターも寡黙なイメージがあるでしょう。みんなと違う立ち位置にいる人になぜか惹かれるんです。

でもこれまで僕にはそういう役のオファーがなく、能動的な役が多かったんです。アクが強い役、コミカルな役も好きなんですが、カウンターの中にいて滅多に動かないマスター役をずっとやってみたかったので念願が叶いました。

マスターの青木は、カウンターの中で黙々とお酒を作っていて、前半はあまりセリフもありませんが、後半にかけて彼のプロフィールが明かされていきます。青木役をどのように捉えていましたか?

渡辺さん
新宿ゴールデン街に2軒くらい行きつけのお店があって、そのうちの1軒の店主は昔の演劇仲間なんです。演劇の制作部門で頑張っていた女性なのですが、行きつけのスナックのマスターが引退することになり、その後を引き継いだんです。その彼女が青木のモデルになったマスターと知り合いだったので「どんな人だった?」と聞いたら、カリスマ性があって、みんなの話を黙って聞いているような穏やかな人だったと。彼女に「いっけいさんとは違う感じよ」と言われて。

意外ですね、違うんですか。

渡辺さん
「いっけいさんは顔が怖いからね」って(笑)。色々話を聞いていくうちに、俺は違うかもしれないと少し思ったけれど、オファーしてくださった気持ちに応えたいから、できるだけ怖い顔はせずに、どういうマインドでカウンターの中にいたのだろうと想像しながら臨みました。“だたそこにいる人”を目指したんですが、初めてのマスター役だったこともあり、静かで難しい役でしたね。

あの狭いカウンターの中で動かない役は難しいですよね。

渡辺さん
若い時だったらもっと難しかったと思います。「なにかやらなくちゃ」と思いますからね。でも年を重ねていい意味で緊張しなくなってきました。多分、自分に期待をしてないというか……。いい芝居をしようとか、思い描いた通りに演じたいとか、若い頃はそういう欲があったけど、今は全然なくなりました。

昔は「本番!」と声がかかるとすごく緊張していたんです。でもそれは爪痕を残したい、もっと売れたいという気持ちが緊張につながっていたのではないかと。いまは「本番!」と声がかかると、7割くらいの出来がいいと思うようになりました。結果、その方がいい塩梅の芝居になることが多いんですよ。

役の難しさの定義も変わってきたんですね。

渡辺さん
監督がOKを出しても納得できずに「もう1回やらせてほしい」と言う俳優さんがいますが、僕も若い頃はそういうところがありました。しかし、それだとキリがなくなる。キャリアを重ねてそれがわかってきたので自分の中のこだわりがなくなりました。監督のOKがすべてです。

そもそも、こだわっても完成した作品で全カットになることもありますからね。「あんなに頑張ったのになあ」と凹みますし、ストレスにもなっていましたが、今は本当にそういう気持ちもなくなりました。キャリアとともにスタッフや現場との関わりも変わってきたんだと思います。そんな今の僕だから、青木の役をいただけたと思うし、マスター役をやる時期になったのだと思います。

「売れたい」という気持ちは役と関係ないと気づいた

こだわりがなくなったのは何歳くらいですか?

渡辺さん
50歳ぐらいからかな。役を演じるにあたって、「売れたい」「爪痕残したい」って気持ちは自分ごとで、役とは全然関係ありませんからね。

そんなふうに思うきっかけはあるのでしょうか?

渡辺さん
これまでさまざまな監督さんや俳優さんと出会い、仕事をしてきましたが、僕が好きな俳優さんはみんなそういうスタンスで仕事をしていたのではないかと思います。

僕が26歳のとき、橋爪功さんと野田秀樹さんの舞台でご一緒したことがあったんです。その舞台の橋爪さんの演技を大絶賛する記事が雑誌に掲載され、舞台のプロデューサーがその記事を劇場の壁に貼ったんですね。僕はそれを読んで「さすが橋爪さん、かっこいいなあ」と思っていたのですが、翌日、その記事を誰かが外してしまった。僕は「いい記事なのに」と、また壁に貼ろうとしたら、橋爪さんが「おい、よせ」って。外したのは橋爪さんだったんです。「いいんだよ、こういうのは」とだけ言われたのですが、今なら橋爪さんの気持ちがわかります。

どういうことでしょうか?

渡辺さん
橋爪さんが主役の舞台ではなく、バイプレイヤーとして出演していたんです。ほかにも多くのキャストがいますから、余計な気を使わせたくなかったんだと思います。芝居を褒められるのは役者としてうれしいのですが、橋爪さんも、観客の皆さんに自分の名前は覚えてもらわなくてもいいと思っていたのかもしれません。

“老害”を阻止するコツはリスペクトを忘れないこと

渡辺さんはベテラン世代なので、年下の若い人たちと仕事をすることも多いと思います。若いスタッフやキャストとどのようにコミュニケーションをとっていますか?

渡辺さん
僕は今年、舞台で30~40代くらいのスタッフ、キャストと組んだんです。演出家は女性。シュールな芝居で、解釈の違いでいかようにも変化していく内容でした。僕は台本を読んで、演出家の視点に違和感を抱いたので、彼女と話し合いました。でも練習を重ねて芝居が出来上がってきたら、演出家の解釈でとても素晴らしい作品に仕上がり「ああ、俺は余計なこと言ってしまった」と思いました。

キャリアを重ねると「こういう場合は大抵こうなる」というシミュレーションが出来上がるものなんです。僕は経験から良かれと思ってアドバイスをしましたが、その先読みは僕の経験値だけのもので、演出家に対するリスペクトがなかった。これは“老害”の始まりではないかと思いました。

でもいいアドバイスだったかもしれないじゃないですか。

渡辺さん
いや、僕は演出家と話していてわかったんです。「確かにそういう考え方もありますよね」とは言っていたけれど、「おっしゃる通りですね」という肯定はなかったんです。演出家は僕が考えていることはすでにわかっていて、でも「私はこういう演出をしたい」という意図が明確にあったんだと思います。正直、僕は脚本をしっかり読み込まずに演出家に意見していたと反省しました。彼女の演出した舞台は、そのセンスで深みを増して、僕が考えていたことなど表層的なことだったとわかりましたし、演出家にも謝りました。

今後、そういうことが増えてくるかもしれないから気をつけないと。僕が尊敬する先輩は現場で監督に何も言わないんです。歳を重ねてくると若い監督に言いたくなる時がたくさんあると思うのですが、決して言わない。ストレスがたまらないのかなと思っていましたが、僕はこの舞台で学びました。言わないことの大切さを。

言いたくなるところをぐっと抑えると。

渡辺さん
新しい感性が生まれているのだから、自分の経験だけで決めつけないことですね。自分よりも年下でも、現場のキャプテンに委ねることは大事です。もちろんアイデアを聞かれたら言いますけれど、自分には関係ない部分や、監督がまとめるべき全体のことについて意見を言うのはお門違い。老兵は語らずじゃないけれど、いまそういう振る舞い方を僕も学んでいます。相手にリスペクトを持つことも忘れない方がいいと思いますよ。良かれと思って言ったアドバイスが、老害にならないように。

なるほど。読者はシニアが多いので陥りがちかも。気をつけていかないといけませんね。あと読者は定年退職をした方も多いのですが、男性ほど「何をしたらいいのか」と悩む方が多いんです。リタイア後の人生に迷っている人にアドバイスをいただけますか?

渡辺さん
僕だって俳優をスパっと辞めなくちゃいけないとなったら戸惑いますから、気持ちはわかりますよ。仕事人間に陥りがちなことなのかな。とにかく体を動かして、汗をかくことが大事だと思います。僕はコロナ禍、たくさん歩いて汗をかくようにしていました。また外を歩いていると、いろんなものが目に入ってくるじゃないですか。今まで気づかなかったことに気づくこともありますから、そこから変わるかもしれない。あまり大きく考えないで、散歩とか、ちょっとしたことから始めてみるといいんじゃないでしょうか。

ありがとうございます。最後に渡辺さんから、映画を楽しみにしている読者に『月影のゴールデン街』の“ここに注目”というメッセージを。

渡辺さん
青木がマスターを務めるスナック「スイカズラ」の常連さんは居心地がいいから通っている。ふっと来なくなる人もいますが、マスターも常連たちも特に言及はしません。みんな素性を明かさずに飲んで楽しい時間を過ごしているからです。お酒を飲む場所に限らず、人生の中で社会的立場と関係のない逃げ場所を持っていると人生が少し楽になるのではないかと思います。この映画を観て「自分もスイカズラのような場所を見つけようかな」と思ってもらえればうれしいですね。人生がもっと楽になるかもしれませんよ。

映画『月影のゴールデン街』

映画『月影のゴールデン街』ポスター

10月30日(金)テアトル新宿、アップリンク吉祥寺、テアトル梅田 ほか全国順次公開

  • 出演:渡辺いっけい、粟島瑞丸
    前田亜季、松尾貴史、おかやまはじめ、吉岡睦雄、和田光沙、
    嶺 豪一、橋本恵一郎、丹下真寿美、外波山文明
  • 監督:錦 信次 
  • 脚本:北里宇一郎
    撮影・照明:早坂 伸(JSC)
    録音:下元 徹
    編集:山田典久
    音楽プロデューサー:藤田雅章
    音楽:辻 陽
    助監督:荒川栄二
    プロデューサー:伊藤直克 三好剛 石井光雄
    製作:プロダクション銀次
    配給:マジックアワー
    協力:新宿ゴールデン街
  • 映画『月影のゴールデン街』公式サイト

2026年/日本/103分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch
©2026 プロダクション銀次

関連キーワード

取材・文・写真=斎藤 香

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
この記事について報告する
この記事を家族・友だちに教える