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映画『遠い山なみの光』に出演・三浦友和さんが長い役者人生で感じた仕事への取り組み方の変化とは

ノーベル文学賞を受賞した作家、カズオ・イシグロの長編小説デビュー作の映画化作品『遠い山なみの光』に出演している三浦友和さんにインタビュー。第二次世界大戦後の長崎を舞台にした本作で、松下洸平さん演じる二郎の父を演じている三浦さん。本作のことに加え、俳優の仕事、健康について、ライフスタイルなど、さまざまな話をお伺いしました。

三浦友和さんプロフィール
1958年1月28日生まれ。山梨県出身。1974年『伊豆の踊り子』で映画デビュー。以来、映画、TVドラマ、CMなど多方面で活躍。2016年『葛城事件』『64-ロクヨン』で第8回TAMA映画賞最優秀男優賞、2022年『ケイコ、目を澄ませて』『僕は、線を描く』『グッバイ・クルエル・ワールド』で第96回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞ほか数々の映画賞を受賞。近年の作品では2023年にヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』がある。
目次

石川慶監督の最新作で元軍国主義の教師を熱演

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カズオ・イシグロ原作小説の映画化『遠い山なみの光』は、第二次世界大戦後の長崎が舞台。団地で暮らす若い夫婦、緒方二郎(松下洸平)と悦子(広瀬すず)のもとにやってきた二郎の父・誠二を演じている三浦友和さんは、二郎とのぎこちない親子関係がありながらも、何か目的を持ってここに来た……というのが自然と伝わってくる絶妙な演技で若い二人の俳優と対峙しています。本作の演出は『ある男』などの石川慶監督。まずは出演の経緯から話を聞きました。

石川監督は「誠二役は三浦さんに演じてほしい」と熱望されていたそうですが、出演の経緯を教えてください。

三浦友和さん(以下、三浦さん)
石川監督から「緒方誠二役を演じてほしい」という内容の丁寧なお手紙をいただきました。脚本を読ませていただき、とても魅力的な役だったのでお引き受けすることにしたんです。

演じるにあたって、石川監督からはどのような演出がありましたか?

三浦さん
撮影に入る前に、お会いして作品と役についていろいろとお話ししたり、メールでやり取りしました。またリハーサルの時間もありましたので、監督とはクランクイン前にかなり打ち合わせを重ねることができてよかったです。

カズオ・イシグロさんの原作は読まれましたか?

三浦さん
この映画に参加することになり、『遠い山なみの光』はもちろんですが、カズオ・イシグロさんの日本で手に入る小説はほぼ読みました。『遠い山なみの光』は、イシグロさんの長編小説デビュー作と聞いたので、これを機会にイシグロさんの小説を一気に読もうと思ったんです。

緒方誠二役を理解するために読まれたんですね。

三浦さん
そうですね。『遠い山なみの光』の後にイシグロさんが上梓した小説『浮世の画家』は『遠い山なみの光』にとても似ている作品で、私が演じた誠二は、この小説の画家の延長線上にある役だと思いました。この二冊は演じる上で参考になりました。

緒方誠二をどのように解釈して演技に反映させましたか?

三浦さん
誠二は小学校の元校長で、軍国主義の中で子どもたちを教育し、自分は正しいことをしていると信じてきた人です。終戦して7年が経ち、社会の変化とともに世の中の人々の考え方も変わっていく中、誠二は「自分がやってきたことは正しいのだろうか」と思う一方「国のために一生懸命考えてきた」とも思う。疑問と肯定、その両方の心を抱いている人物です。1952年の緒方誠二の姿を表現できたらいいと思いました。

若い共演者とのコミュニケーションの取り方

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息子の二郎との関係が微妙なところに心がザワザワしました。父親を快く受け入れていない次郎との関係性をどう考えましたか?

三浦さん
原作小説では、二郎と悦子と誠二の関係性がより色濃く表現されているのですが、映画ではそこまで強くは表現されていません。だからこそ、親子の少し不穏な雰囲気をどう芝居で出していくかを考えました。

徐々に軍国主義の父と戦争に行った息子の心がすれ違っていることがわかってくるのですが、なぜ自分を嫌っている息子が暮らす家にわざわざ誠二は行ったのか……。彼自身、ある決着をつけたかったのではないかと思いました。それが何なのかはぜひ映画を観ていただきたいです。

息子の二郎を演じた松下洸平さんや、悦子を演じた広瀬すずさんとは初共演だそうですが、二人との共演はいかがでしたか?

三浦さん
初共演なので楽しみにしていました。「どのように接していこうか」と考えたりしましたね。松下くん、すずちゃん共に初対面ゆえの距離感はありましたが、僕は逆にそれが演技にいい効果をもたらせていると思いました。先ほどもお話ししたように、息子とはうまくいっていない父の役ですから。何度も共演して気心の知れた俳優だったら、あの雰囲気は出せなかったんじゃないかと思います。

キネヅカの読者は三浦さんと同世代の方も多いんです。三浦さんは映画やドラマで多くの若い俳優たちと共演しているので、若い人とコミュニケーションの取り方を教えていただこうと思いました。

三浦さん
やはり世代が違うので、お互いに遠慮があるんですよね。若い人は僕らの世代のことがわからないし、僕らは彼らの世代の思考や趣味などわからないことが多い。食事に誘っても、慣れないうちはお互いに緊張しますしね。

でもコミュニケーションを取りたいなと思ったら、必ず年上の人から声をかけてあげた方がいいと思いますよ。

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お父さんと行った陶芸教室の思い出

自分から歩み寄ってコミュニケーションを取っていった方がいいですよね。

三浦さん
人とのコミュニケーションについての話になると、いつも父のことを思い出します。僕の父は56歳で定年を迎えました。昔は60代ではなく50代後半で定年だったんですよ。定年退職後は自然と夫婦ふたりの生活になります。

しかし子どもたちは大人になり、家を出ているので、父は毎日をどう過ごしたらいいのかわからなくなることがあったようです。働かなくなると、社会との接点がなくなり、若い人との付き合いもなくなってしまいますから。

そうですよね。まさに読者が悩んでいることと一緒です。

三浦さん
俳優の仕事は、何歳になっても若い人と一緒に仕事ができるので、話をする機会も多いですし、そこから人間関係が広がる可能性はあるけれど、普通のお勤めで定年を迎えられた方は、なかなか難しいでしょう。

僕は家にいる父を外に出そうと、一緒に陶芸教室へ行ったりしていたんですよ。最初はいろんな年代の方たちと楽しくやっていたんですが、友人関係に発展することはなく、半年くらいで行かなくなってしまったんです。

相当コミュニケーション力が高い人じゃないと、ある程度の年齢になってからすぐに友達を作るのは難しいですよね。

三浦さん
そうですね。でも新しい人間関係を作るのが苦手な方はご夫婦の時間を充実させるのがいいのではないですか。奥さんにも友達がいると思うので、それぞれの友達と一緒に食事に行ってみるとか、家に招待してみるなど、新しい人間関係を作るよりもハードルが低いのではないでしょうか。

あとは学生時代の友人などにLINEしてみるなど、そうやって友人関係が復活することもあると思います。やはりある程度のアクティブさは必要ではないでしょうか。

健康管理は家庭料理と散歩

俳優の仕事は体力勝負の一面もありますが、健康管理はどうしていらっしゃいますか? 食生活、運動など気をつけていることは?

三浦さん
健康管理に関して、僕はそれほどストイックなタイプではないと思います。食生活に関しては、結婚してからずっと妻が栄養面を考えて食事を作ってくれますから。家で食事することが多いほど安心ですね。運動は、若い頃はジムに行っていた時期もありましたが、今は散歩ですね。公園で少し体を動かしてみたり、そのくらいです。

ジムのトレーニングは向いていなかったんですか?

三浦さん
いえ、頑張って通っていた時期はあります。そのときのトレーニングは効果がありましたし、何より若い頃は筋肉をつけたいと思ったし、きれいに筋肉がつくと達成感もありました。しかし、年齢を重ねていくと、その年齢なりの運動の仕方があることに気づいたんです。

人にもよりますが、僕の場合はジムを続けることではなく、自分でできる運動をしようと思うようになりました。あとは1年に1回、人間ドッグで検査をして、自分の体をチェックすることくらい。マイペースにやっています。

年齢を重ねて変わった仕事への取り組み方

キャリアのことも伺いたいのですが、三浦さんは俳優として長く活躍していらっしゃいますが、若い頃から現在に至るまで俳優を続けてきたモチベーションの源は? どのようにやる気を維持してきたのでしょうか?

三浦さん
特にモチベーションを意識しながらやっていたわけではなく、仕事が入ったら、ありがたいと思い、撮影場所に行っていました。特に若い頃は、自分はキャストの中の一人にすぎない。作品作りに参加しているという意識は薄かったと思います。

しかし、年を重ねていくと仕事の取り組み方が変化していき、積極的になっていきました。だから『遠い山なみの光』も撮影前に監督と会ったり、メールで打ち合わせしたり、納得が行かないとまた話し合ってみたり……。やはり自分も作る側の人間だということを意識するようになったのだと思います。

今後の役者人生を考えることはありますか?

三浦さん
具体的にはないですね。我々は出演依頼があってから始まる仕事なので、いただいた仕事としっかり向き合って演じることが大切だと思っています。例え企画を考えたとしても、なかなか通らない。とても厳しい世界なんです。それがわかってくると、自分の企画で映画を作りたいという気持ちより、俳優に専念していこうという気持ちの方が強くなりますね。

目の前の仕事を丁寧に一つひとつやっていくということですね。

三浦さん
そうですね。一緒に仕事をしたプロデューサー、監督が「また一緒に仕事をしたい」と思ってくだされば次に繋がっていくので。俳優同士で推薦することもあります。「この役だったら三浦がいいんじゃないか」という話から役が決まることもありますし、スタッフがキャスティングに悩んでいたら、僕が役にピッタリだと思う俳優を推薦したり。忖度じゃないですよ(笑)。その作品をよりよくするための提案です。

この映画の石川監督も、僕が出演したある作品を見て「緒方誠二がいる」と、僕に手紙をくださったことがきっかけで出演が決まりましたから。

俳優さんとしては、一緒に仕事をした仲間に推薦されたり、出演作を見て「三浦さんしかいない」とお仕事を依頼されたりすることは、とても幸せなことではないですか。

三浦さん
そういうふうに思ってくださることはとてもうれしいです。だからこそ、一つひとつの仕事に真摯に向き合っていかないといけないと思っています。

最後に『遠い山なみの光』を楽しみにしている読者に見どころとメッセージをお願いします。

三浦さん
原作よりもミステリー色が濃くなり、よりエンタテインメントとして楽しめる作品になっています。とはいえ、根底に流れるのは被爆地である長崎。戦争の影が登場人物の人生に影響を与えていることは確かなので、物語を楽しみながら、長崎を感じていただければと思います。

『遠い山なみの光』

映画『遠い山なみの光』ポスター

2025年9月5日(金)より全国ロードショー

・原作:「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ/小野寺健訳(ハヤカワ文庫)
・監督・脚本・編集:石川慶 『ある男』
・出演:広瀬すず 二階堂ふみ 吉田羊 カミラ・アイコ 柴田理恵 渡辺大知 鈴木碧桜 松下洸平 / 三浦友和

・製作幹事:U-NEXT
・制作プロダクション:分福/ザフール
・共同制作:Number 9 Films、Lava Films
・配給:ギャガ助成:JLOX+ 文化庁 PFI

©2025 A Pale View of Hills Film Partners

映画『遠い山なみの光』公式サイト

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取材・文=斎藤 香
写真=鈴木 潤一

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