かっこよい人

麻倉未稀インタビュー【後編】
乳がんがもたらした影響と飽くなき探究心

2022年7月にデビュー40周年記念アルバム『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語』をリリース、7~8月にアニバーサリーライブ3公演を開催する麻倉未稀さん。大ヒット曲「ヒーロー」をはじめとしたパワフルな歌声が印象的な麻倉さんのこれまでの歌手人生とは、どんなものだったのだろうか。インタビュー後編では手術後に起こった不思議な現象と、歌手活動の傍ら注力している乳がんの啓発運動、さらに40代から60代の自身の変化や今後の目標について話を聞いた。

前編記事はこちら→麻倉未稀インタビュー【前編】デビューから40年を経た歌手人生

麻倉未稀
1960年、大阪府生まれ。1981年、シングル『ミスティ・トワイライト』でデビュー。ジャンルを超えた類まれな歌唱力で、テレビドラマ『スクール・ウォーズ』『スチュワーデス物語』の各主題歌「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」「WHAT A FEELING~フラッシュダンス」等、大ヒット作品を持つ。2017年に乳がんが発覚し、全摘&乳房同時再建手術を受けるも奇跡的な回復力で、術後3週間でステージに復帰。その後も精力的に音楽活動を続ける一方、2018年には「ピンクリボンふじさわ」を立ち上げ、乳がんの啓発運動にも力を注いでいる。
目次

術後の体が歌声にもたらした意外な影響

乳がんの全摘出&乳房同時再建手術後、以前より声が出るようになったということと、力を入れないで歌うようになったら音域も広がったという情報を目にしたのですが、これは本当ですか?

麻倉
本当なんです(笑)。自分でも驚いていて。術後3週間でのステージ復帰以降、(庄野)真代さんや(石井)明美さんと一緒だったので、少なめの曲数にしていただいて、体の調子を整えながら歌っていたんですけど、術後2ヵ月くらいして、一人で60分ステージに立って歌うことになったんですね。しかも、その時は野外ですごく暑い日で。体力がほとんどなかったので、一番心配だったのはまず体がもつかなということでした。それが歌っているうちにすごく調子が良くなっていって、カラオケが聴こえなくなってしまったので「音量を上げて」と合図を出していたんですけど、後で聞いたら、これ以上は上げられないというところまで上がっていたらしくて。「そうだったの!?」と驚いたくらい、すごく声が出ていて歌いやすかったんですけど、カラオケが聴こえないから、リズムをどこで取っていいかわからなくて。それで初めて前より声が出ているということに気付いたんです。

そんなことってあるんですね…!

麻倉
復帰ステージの時に、どこに呼吸を入れればいいかわかったのと、力を抜いてないと痛くなるので、逆に声が出るようになったというのがあって。いつも体のメンテナンスのためにソフトカイロプラクティックに通っていたんですけど、久しぶりに行った時に「声が出るようになったんだけど、なんでだろう?」と先生に聞くという(笑)。そしたら「力を抜いて歌っているからじゃない?」と言われて。体を触ると、どこが緊張しているかわかるらしいんですが、あまり緊張している箇所がないので、歌い方がとても合っているんじゃないかということでした。「それを忘れないように、細胞に記憶させなさい。体が健康になっていくと忘れるから」と言われて、確かになと(笑)。忘れないようにするために、体をほぐすということを勉強しています。

術後の体を最優先した歌い方に変えたことが、良い結果をもたらしたんですね。

麻倉
そうですね。ただ、私は再建手術をしているので、呼吸は前より浅いんです。それをもう少し広げたいというのはあります。再建というのは豊胸手術とは違って、私の場合は大胸筋が前に来ているため、インプラントが筋肉に押されるんです。なので、どうしても普通の方より横隔膜を動かすのに力が必要で、その力を付けるには体力も必要という。それと、肩甲骨が動かないと横隔膜も動かないということで、元々リハビリをなさっていたパーソナルトレーナーに付いて、肩甲骨をほぐしつつ体を整えて、筋力も付けるということをやっています。前は太らないためにというのがあったんですが、どうしても薬の副作用があるので、ダイエットをしてしまうと筋力が落ちてしまうんですよね。そうならないように、筋力を保ちつつ歌うための体作りに切り替えました。

麻倉未稀だからこそできる情報発信の重要性

麻倉さんは乳がん啓発の「ピンクリボンふじさわ」の活動もされていますが、これまでに、始めてよかったなと感じる出来事はありましたか?

麻倉
もちろん、乳がんについてご存知ない方はたくさんいらっしゃって。私も罹患するまでは乳がんについて何も知らなかったので、まず乳がんについての情報をお伝えするということをしています。お子さんにとってお母さんはすごく大切な存在じゃないですか。触診モデル(乳がんの早期発見につながる触診をリアルに体験できる、しこり付きの乳房モデル)というものがあって、それをお子さんにも触ってもらったりすると「こんなに硬いんだ」ということを知ってもらえ、「ママ、僕たちのために検診に行ってね。パパ、僕たちはお留守番していようね」とお母さんお父さんに言ってくれるんです。そういう場面を見ると、やっていて良かったなと思います。

お子さんがそのような感覚を持てるというのは大切ですね。

麻倉
今、お若い世代の方で乳がんになられる方が結構多いので、そういうところから広げていけるのは良かったなと思います。それと、友人の中に「病院に行ったらすぐにステージ4と言われた」という方がいて、「いや、それはあり得ない。すぐにはステージは出ないから」と、先生をご紹介することができましたが、私がこの活動をしていなかったら、そんな風にお伝えできなかったのではないかと思いました。

普通はわからないですもんね。

麻倉
コロナ禍で全体的に検診に行かない方が多いので、かなりステージが進んだ状態で乳腺外科に駆け込む方がいらっしゃって。そうなると命に関わることになってしまうので、「コロナ禍だけど検診はやっています」というコメントを先日出しました。今、私の世代以外にも、AYA世代(Adolescent and Young Adultの頭文字をとったもので、主に、思春期から30歳代までの世代)、特に20代後半から30代で乳がんになる方がいらっしゃるんですね。結婚や出産など色々な問題があって、また私たちとは違う悩みごとが出てきますので、AYA世代の人たち同士で患者会を作って、AYA世代の方たちの支援をしている仲間もいます。そんな方たちから何かご相談があれば、どなたかを紹介をしたりパイプのような役割をしています。他にも精神的に大変な方がいらしたら、豊洲にあるマギーズ東京をご紹介したり。今は直接行けなくても、お電話やオンラインでもご相談できるようになっていますので。そういう私が持っている情報を皆さんにお届けできるというのは、このようなお仕事をしていないとできないことだなと実感しています。最近は主治医から「いろいろ手伝って」とのお話があり、先生の講演にご一緒して体験など情報を発信しています。

情報発信は大切ですね。

麻倉
検索すると色々な情報が出てきて迷いが出てきます。正しい情報をより多くの方に発信できるように考えないといけないですよね。ただ、5年前より今のほうが、情報がきちんとしているところがあるので、そこをお伝えすることはできるかなと思います。国立がん研究センターが運営している「がん情報サービス」は、逆にこちらがこういうことを発信してほしいとお伝えすると、正しい情報を発信していただけるので、5年前よりはすごく良くなってきているなと思います。ステージ4と告知されても、素敵な活動をしてらっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。乳がんは以前より亡くなる方が少なくなってきているのかな。

やはり病気のことというのは、身近に相談できる方が少ないのが普通だろうと思うので、正確な情報を発信していただけるのはとても助かります。

麻倉
病気になって初めて色々なことを知るというのはあるなと思いました。例えば乳がんでお母さんを亡くされたお子さんの精神的な部分は、私は子育ての経験がないためわからないことが多く、そのようなお子さんが大きくなって精神的な部分で不安を抱えてらっしゃることをお聞きした時に、それはどうしたらいいのかなとご本人とお話しさせていただくこともあったり。患者さんだけではなく、家族、友達という支える側の精神的な部分も、私たちがしっかりと支えられるようにしなければと感じました。でも、これはがんだけではなく、他の病気も同じなんじゃないかなと思います。

40代から60代の精神的な変化

改めて、麻倉さんの50代はどんな10年間でしたか?

麻倉
どんな10年だったっけなぁ(笑)。私が先に50代に入る時に、明美さん、(森川)由加里さんと話していて、「40も50も違わないですよ~」と彼女たちは言っていたんですけど、「全く違うから」って言って(笑)。その後やっぱり皆、50代になった時に「本当ですね」と言っていたんですけど(笑)。その49歳と50歳になる境目って一体何なんだろうなと思いますけど、精神的にポツッと変わってしまうというのはあるかなと思います。それから55歳になると、またちょっと違ってくる。60歳に近くなってくるので、自分で色々なものを整理していくという状況に入っていくかなと。

なるほど。

麻倉
50代の前半までは40代ではできなかった面白さみたいなものがあるので、それにどっぷり浸かっているような感じはありました。私は特に色々と番組に出させてもらったり、40代中盤から仕事がすごく楽しい時期に入っていたので、50代は年齢的には体力がなくなったりというのもあるんですけど、その分、気持ちが少し自由になっていく、楽になっていくという感じがしました。40代はまだ肩の力をピッと張っているみたいなのはあったんですけど、50代になると段々それが抜けていく、そして60歳になるとどっぷりと抜けるみたいな(笑)。

今、幸せを感じる瞬間はどんな時ですか?

麻倉
やっぱり病気したばかりの時は、毎朝起きた瞬間に「あ、生きてる」というのがあったんですけど、今はそれプラス、特にコロナ禍で歌えなかった時期もあったので、「今、歌えている」というのが非常に嬉しいし、幸せかな。主人には申し訳ないですけど(笑)、それが一番幸せかもしれないですね。

7月26日、8月1日、21日には「デビュー40周年記念LIVE ~Birthday & 復活5周年~」が行われます。

麻倉
本来は去年やる予定だったので、1年温めてきた分、楽しみたいですね。アルバムのコーラスに参加してくださった真代さん、明美さん、知可子さんに、ご自身の曲も歌っていただくんですけど、コーラスも参加してくださるし、真代さんはアルバムの収録曲も書いていただいたりして。それぞれ歌うことでご縁ができた3人と、同じステージに立てるというのが非常に楽しみです。私自身の曲を歌うことももちろんなんですけど、皆で女子会みたいな感じが、この年齢になると楽しいかなみたいな(笑)。

声明を制覇して歌に生かしたい

デビュー40周年記念アルバム『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語』には新曲「The breath of life」も収録されていて、まさに人生というものが伝わってくる温かい楽曲です。麻倉さんのこれからの人生プランや、やってみたいことはありますか?

麻倉
今まで、主人と旅行に行くことはもちろんあったんですけど、一人旅行はあまりしたことがなかったんです。少し前に、ご祈祷してもらったものを伊勢神宮に返しに行く時に、主人が行けなかったので一人で行ったんですけど、一人だと行動が早いんですよ(笑)。それから、一人で行動するのも必要だなと思って。色々なことを自分でやっていかなきゃいけないし、そこでお会いする方もいたり、友達と出掛けるというのもこの5年間で経験させてもらって。新たな発見ができたりするんですよね。

一人は一人の楽しさもありますよね。

麻倉
先日は、比叡山延暦寺で私の存じ上げている方がリトリートをやるというので、朝早い新幹線で行ったんです。乗り過ごさないように、人生で初めて新幹線でアラームをかけました(笑)。一人でそこに行くだけでもめちゃくちゃ楽しかったんです。それで念珠を選ぶのに、私は可愛くローズクォーツをと思っていたんですけど、いざ手のひらに乗っけたらしっくり来なくて、知人に「自分に逆らわないように」と言われて、全然違うイカつい感じの黒水晶にしました(笑)。ご祈祷していただいた時に、普通はお経だけ読むんですけど、その前に声明(しょうみょう)というのがあって。それを習いたくて、延暦寺さんにまた行ったら「3年かかるよ」と言われたんですよ。

まさに修行ですね。

麻倉
「石の上にも三年ですね」と言いながら、5曲くらいやろうと約束したんですけど、まだ1曲もできなかったので「悔しいからまた落ち着いたら来ます」と言って。ほぼ毎日、寝る前に少しずつ録音したものを聴いています。実は、この声明を歌に生かすことができるんじゃないかなと思ったんです。私たちってメロディー通りに歌いますけど、声明はメロディーがあるようでないんです。ドとド#の間にも音があるような。そこを表現できるようになれば、また違う歌い方ができるんじゃないかなと思って。スキャットとかに生かすことができればいいなと。この間、ご住職に「そんなことを狙っていたの?」と言われたんですけど(笑)。

ご住職もビックリ(笑)。

麻倉
私が習っているのが、「アメイジング・グレイス」のような曲なんですけど、亡くなった時も、生まれた時も、お祝いの時も唱えられるというものなんです。お祈りという部分もあるので、それを何かの形で取り入れて、発信していきたいなと。がん患者さんのためには、ハミングブレスを使いながらの呼吸法は伝えさせてもらっているんですよね。「ヒーロー」はハードな曲ですけど、癒しって実はゆっくりな曲だけじゃなくて、人によってはハードロックが癒しだったりする可能性もあるわけです。なので、私なりの癒しを皆さんにお届けできればなと思っています。ということで、声明をいつかちゃんと制覇したいですね。5年くらいかかると思いますけど(笑)。乳がんとの付き合いは長いので、それを目標にしておけば、自分なりに体を整えながら色々なことを発見しながら、皆さんに発信していけるんじゃないかなと思っています。

リリース情報
デビュー40周年記念アルバム『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語』

麻倉未稀『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語<CD only>』ジャケット
[CD]KICS-4076 ¥3,000(税込)
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麻倉未稀『人生はドラマ これからも続く私のヒーロー物語<CD+DVD>』ジャケット
[CD+DVD]KIZC-683~4 ¥3,500(税込)
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  • レーベル:キングレコード
  • 発売日:2022年7月27日(水)発売

CD収録曲

  1. WHAT A FEELING~フラッシュダンス/ドラマ『スチュワーデス物語』主題歌
  2. ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO/ドラマ『スクール☆ウォーズ』主題歌
  3. RUNAWAY/ドラマ『乳姉妹』主題歌
  4. NEVER/ドラマ『不良少女とよばれて』主題歌
  5. 愛は眠らない/ドラマ『花嫁衣装は誰が着る』主題歌
  6. CHA-CHA-CHA/ドラマ『男女7人夏物語』主題歌 with つのだ☆ひろ、石井明美
  7. SHOW ME/ドラマ『男女7人秋物語』主題歌
  8. 恋におちて-Fall in love-/ドラマ『金曜日の妻たちへIII-恋におちて-』主題歌
  9. ダンシング・ヒーロー/ドラマ『マドンナ先生はロックンローラー! 』挿入歌
  10. PRIDE/ドラマ『ドク』主題歌
  11. リバーサイド ホテル/ドラマ『ニューヨーク恋物語』主題歌
  12. 駅/映画『グッドバイ・ママ』主題歌
  13. ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO(40th FIRST TAKE version)
  14. The breath of life(作詞:松井五郎/作曲:庄野真代/ゲストヴォーカル:庄野真代、石井明美、澤田知可子)※新曲

※01~03は当時のオリジナル録音、それ以外はすべて新録音

DVD収録曲

  • WHAT A FEELING~フラッシュダンス(1984年「OVER THE RAINBOW」より)
  • ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO(1985年「GLORIOUS LIVE」より)
  • RUNAWAY(1985年「GLORIOUS LIVE」より)

ライブ情報

「麻倉未稀 デビュー40周年記念LIVE ~Birthday & 復活5周年~」

  • 7月26日(火)COTTON CLUB(東京)
  • 8月1日(月)ビルボードライブ大阪
  • 8月21日(日)ビルボードライブ横浜

Special Guest:庄野真代、石井明美、澤田知可子(※大阪公演除く)

リンク

取材・文=金多賀歩美

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
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