かっこよい人

大人も子どもも魅了される糸あやつり人形の名人 飯室康一さん

京都に小さな人形劇小屋「あとりえミノムシ」がある。そこでは飯室康一さんが創立した『糸あやつり人形劇団みのむし』の公演が、定期的に行われている。『糸あやつり人形劇団みのむし』は、糸あやつりをメインに、多種多様な人形劇を製作、上演している全国でも数少ない劇団である。人形劇の世界は時代劇でもお笑いでもファンタジーでも何でもできる。宇宙人が出てきても骸骨が出てきても絶世の美女が出てきてもかまわない。物語にこんな役者がいたらいいなと思えば、役者を作り出すことができる自由な世界だ。飯室さんは芸歴56年、劇団創立47年、これまでに製作した人形の数は2,000体を超える。高校を卒業後、日本の伝統芸の糸あやつりの世界に飛び込み、今も人形劇が大好きでたまらないという飯室さんにたっぷり人形劇の魅力を語ってもらった。

飯室康一(いいむろ こういち)
1948年生まれ。京都出身。日本の糸あやつりを代表する一人。高校卒業後、日本の伝統的な糸操り人形の技と美を究めた「竹田人形座」に入る。「ママとあそぼうピンポンパン」他、民放TVこども番組に出演。フリー活動を経て、1975年に糸あやつり人形劇団 みのむしを結成。上方演芸資料館(ワッハ上方)では殿堂入りされた芸人さんたちの糸あやつり人形製作と、人形による名人芸の再演に出演。2010年に京都に拠点を移し、ちいさな小屋を建て「あとりえミノムシ」と名づける。月1回のパフォーマンスを企画。第一回富山村人形劇祭グランプリ受賞。いなさ人形劇祭第一回日本人形劇大賞金賞受賞。
目次

ビビッときた!
高校3年生の夏の終わりのある日

京都の鞍馬口にある「あとりえミノムシ」は、お客さんが40人も入ればいっぱいになる小さな人形劇小屋である。天井には飯室さんが製作した多種多様な人形達が所狭しとぶら下がっており、不思議な世界に入ったような感覚になる。飯室さんは、ここで人形を製作し、定期的な公演を行っている。

糸あやつりとの出会いはいつ頃だったのでしょうか?

飯室
高校3年生の夏の終わりの日にテレビで「ある人生」※1)というドキュメンタリー番組で竹田人形座のことをやっているのを観てビビッと来たんです。そのとき、竹田喜之助※2)さんの生き方や人形の美しさに感動しました。伝統芸能を俺が継承しなければと思ったんです。

※1)ある人生:1964年11月1日から1971年4月3日までNHKで放送されていたドキュメンタリー番組。社会のさまざまな分野で一途に生きる人々を取り上げた。

※2)竹田喜之助:人形師として知られ、彼の作成した人形は多くの人々に愛される。日本の伝統芸能である糸あやつりをしていた竹田人形座は、彼の死後活動休止に追い込まれましたが、座長竹田扇之助の郷里長野県飯田市に「竹田扇之助記念国際糸操り人形館」が開館され、喜之助の人形が展示されている。

人形劇に魅せられた飯室少年は、運命に突き動かされるように行動に移した。高校卒業後、親に内緒で上京し、竹田人形座に入門した。テレビでは、イギリスで放送されていた人形劇『サンダーバード』が放送されていた頃である。『サンダーバード』とは、世界各地で発生した事故や災害で絶体絶命の危機に瀕した人々を、「国際救助隊」と名乗る秘密組織がスーパーメカを駆使して救助する活躍を描く物語で、子どもだけでなく大人も夢中になった番組である。竹田人形座もNHKの『ひょっこりひょうたん島』の後番組として宇宙ものの人形劇に携わっていたそうだ。
糸あやつりに惹きつけられた理由はどんなところでしょうか?

飯室
私が、竹田人形座に入ったときに東京の寄席・本牧亭に連れて行ってもらったんです。そこで三遊亭圓朝※3)の怪談ものの『真景累ヶ淵』をあやつり人形でやってたんです。寄席の舞台で本火といって本物の火を使ったり、骸骨が踊ってバラバラになったりくっついたり、迫力のある大蛇が出てきてとぐろを巻いたり、すごいなあって感動しました。ケレン味のあるお芝居をあやつり人形ですると、ほんま面白いんです。

※3)三遊亭圓朝:幕末から明治にかけて活躍した落語家。鳴物や大道具を用いた噺の祖としても知られる。代表作の一つに怪談噺『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』がある。今日でも怪談噺の定番演出であるライティングやBGM等として受け継がれている。

当時は、子ども向けの番組が多く、人形劇も盛んだった。飯室さんは、人気子ども番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』等、テレビの仕事に数多く携わり、充実した日々を送っていた。1970年、大阪で開催された日本万国博覧会での人形劇公演に竹田人形座から出向で派遣されたことがきっかけとなり、5年間在籍した竹田人形座を離れることになる。

超ハードだった1970年の日本万国博覧会

飯室
万博で人形劇の実演をすることになったんです。それが市川崑監督の『つる』という夕鶴のお話だったんですが、映像と人形劇を合体させた連鎖劇でした。しかも1時間くらいの芝居が1日8ステージあって、本当ならダブルキャストにするところを出演者はみんな1人でやらないといけなくて、休む暇がないあまりなハードさでした。装置も複雑で、舞台上に櫓のレールが敷かれてて櫓がレールの上を移動するんです。しかも映像のQ(きっかけ)に合わせて動いたり跳ねあがったりするので、機械が壊れる時もあって、とんでもないところで動いて、怖いこともありました。

当時は、テレビの仕事との掛け持ちで、いくら若いといっても限界だった。このままでは心身ともにダメになってしまいそうだったという。もっと自由に人形劇がしたいという思いも強くなり、関西へ拠点を移すことにした。

糸あやつり人形劇団 「みのむし」を旗揚げ

1975年、兵庫県の尼崎市に拠点を移し、『糸あやつり人形劇団みのむし』を立ち上げる。当時、尼崎には牛小屋がたくさんあったそうで、使っていない牛小屋を借りて仕事場にした。メンバーは、飯室さん夫妻と若手を含め5,6名。舞台公演に力を入れ、出張公演なども積極的に行った。

飯室
劇団の台本は、だいたい自分で書いています。台本を書いて人形を製作して上演まで1人で全部できるのが楽しいんです。作るのも好きだし、上演するのも好きだし。あと、荷物運びとかなんだってありますけど、いろんなやりたいことがいっぱいあったんで、大きな劇団で会議したりしながら決めるスタイルじゃなくて、自分でやりたいことができるのが楽しいですね。

以来、『糸あやつり人形劇団みのむし』は、全国各地での公演を続けている。子ども向けだけでなく、大人向けの作品も多い。アトリエの天井に吊りさげられている人形1体1体に物語があり、飯室さんは、人形を眺めながら、実に楽しそうにその物語を語ってくれた。

飯室
これはねえ「回春瞬朱鷺(めぐりくるはるはひととき)」で、日本最後の1羽となってしまった朱鷺(とき)のおばあさんという設定で、朱鷺を繁殖させようと、中国から若い朱鷺が来て翻弄されたりするんです。
こっちは、田舎のひなびたヘルスセンターでおばあさんがネグリジェ着てティッシュ持って出てきてね。

(テッシュって!)と、思わず突っ込みを入れてしまった。なんでもこのヘルスセンターにはバッシング受け疲れきった人がやってくるらしい。飯室さんは、人形を眺めていると、出番をもっと増やしてやればよかったなあと思ってしまうという。

京都の人形劇小屋「あとりえミノムシ」へようこそ

飯室
散歩に行ったり歩いたりするのが好きだったんですが、尼崎にはあまりいい散歩コースがなくて。最終的に実家のあった京都へ移りました。大人も子どもも若い人にも楽しんでもらいたいので、人形劇の専門劇場を作ったんです。

人形劇がもっと身近になればいいと強い思いを持ち続けている飯室さん。人形を作ることと動かすことは異なる種類の魅力があるという。人形を作りながらどんな話にしようかなと考える。今までにないキャラクターが生まれてくることもある。そんな瞬間は何よりの喜びだ。

飯室
人形を一つ作ったら、もっと違うものも作れるんじゃないかという欲が出るんです。相撲などで、粘り強い腰のことを二枚腰といいますが、諦めてしまいそうになるときは、もう1人の別の人がやっつけてくれるような、無理して踏ん張り続ける必要はないと思います。明日、食べるものがなくて困っても何とかなったんで、僕の場合は人形の神様が助けてくれた気がします。楽しいことをしているので基本いつも楽しいんです。

海外の人形劇フェスティバルでは、町中が人形劇で溢れていた。世界中の人が集まってくる京都が、そんな場所になればいい、そうしたいと言うのが飯室さんの夢であり、夢で終わらせたくない目標である。京都に人形劇小屋「アトリエみのむし」があるように、どの町にもできたらどんなに楽しいだろう。飯室さんの人形劇への情熱は、高校3年生の夏にビビッときた日から、ずっと続いている。

あとりえミノムシの公演情報
2024.あとりえ4月公演『糸あやつり人形劇団みのむし』

糸あやつり人形劇団みのむし『ドクロ屋敷の謎シリーズ第10話 昭和ノスタルジーの巻』ポスター
  • 会場:あとりえミノムシ(京都市上京区)
  • 日時:
    4月27日(土)①14:00
    4月28日(日)①14:00
    4月29日(月・祝)①14:00
  • 料金(要予約):1,000円(3才以上有料)
  • 電話:075-200-8261

あとりえミノムシHP
https://mino3064.com/
https://at.mino3064.com/

取材・文=湯川 真理子

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