かっこよい人

建築士が50代でおろし金職人に!一流料理人を魅了する常識を超えた純銅おろし金

日本の食文化を支えてきた調理器具のひとつ,おろし金。日本固有の手打ちおろし金の専門店は全国にわずか3軒、銅板にタガネで打てる職人は数人だという。そんな中、和歌山県橋本市に突如現れたおろし金職人がいる。新家崇元(しんけ・たかゆき)さんである。ある出来事がきっかけでおろし金に魅了され、2018年4月におろし金を専門に製作する紀州新家を立ち上げた。今までの常識を超越したおろし金を製作する紀州新家の工房を訪ねた。

新家崇元(しんけたかゆき)さん 紀州新家・代表
1964年生まれ。和歌山県九度山町出身。橋本市在住。約30年間、建築や造園の仕事に就いた後、2017年におろし金職人になることを決意し、独学で手打ちおろし金を製作し始める。2018年4月紀州新家を立ち上げる。2018年、2021年「グッドデザイン賞」受賞。2024年全日本・食学会『bean47』大賞受賞。おろし金保存継承プロジェクトを立ち上げ、独自のおろし金製作、開発に努める。
目次
大根の細胞壁を最大限に活かすおろし金の目立て

テレビ番組でおろし金が映った瞬間にリンクしてしまった

新家さんの前職は建築士である。仕事は順調で忙しかった。しかし、このままではいつか身体を壊してしまうと不安が募り始める。そんなとき、たまたま見たテレビ番組でおろし金が登場した。それが運命の出会いだった。

新家
大阪に来た外国人を天ぷら屋に案内するシーンでした。天ぷらの味を左右するのが大根おろしだと銅板のおろし金が映った瞬間、“僕はこれがしたい”と。一瞬でおろし金とリンクしてしまいました。

理由などない。料理好きだったわけでもない。大根おろしもほとんど摺ったことがなかった。モノづくりは、建築士のときから何でもできた。大工、左官、塗装、庭と何でもできた。しかし、おろし金の知識はゼロだった。

新家
番組を見た翌日にはおろし金の工房にアポなしで見学に行きました。それからはネットで検索して何百時間も動画を見続けて研究分析をしました。食材の細胞壁がどう構成されているかとか、伝統工芸のおろし金の職人の映像も見続けましたね。包丁は細胞壁をいかに壊さずに切るかが大事ですが、大根おろしは細胞を程よく壊して口に入れるからおいしいんです。咀嚼してから初めて分かります。僕のおろし金で摺った大根おろしを食べてもらったら今までの大根おろしの概念が変わると思います。

大根おろしの概念が変わるとはどういうことなのか。新家さんはおろし金の購入を希望する料理人には工房で大根おろしを食べてもらい、おろし金で大根を擦る体験をしてもらうという。“食べてもらい、大根を摺れば感動させられる”、頭で理解するよりも体験すれば理解できるという新家さんの考えの裏には、自信と理論的な裏付けがあることをこの後知ることとなる。

新家
調理器具の脇役に甘んじているおろし金ができる表現力は多彩です。300年以上あるおろし金の歴史の中で誰も今まで以上のおろし金を作ろうとしなかったのか不思議でした。

新家さんはおろし金職人の世界は高齢化と後継者不足で存続の危機を向かえていることに危機感を覚えた。日本固有のおろし金をなくしてはならないと。自分が将来のために中継ぎになり、第二の人生をおろし金に注ぐ決意を固めていった。

おろし金製作に没頭、いつしか金属と会話できるようになる

決意した後の行動は早かった。テレビでおろし金を観たのが2017年、それからというものおろし金の研究、開発に時間を費やす日々が続いた。翌年の2018年4月には紀州新家を立ち上げ、5月にはおろし金第一号が完成する。

新家さんが製作したおろし金の第一号

完成した試作品を見せに行った先は京都で最も予約が取れない店としてその名を轟かせる割烹「祇園 さゝ木」の店主・佐々木浩氏のところだった。

新家
佐々木さんは、僕のおろし金をずっと使ってくださっています。手先は器用ではないんですが、建築士の時から興味のあるものは7,8割方コピーができます。職人気質の精神があるので建築士の時もお客さんの意見を吸収してそれに応えてきました。

1枚のおろし金を完成させるまでには、銅板の切り出し、目立て、曲げ加工、錫かけ、磨き、など全部で20もの工程がある。製作に没頭すると何時間も打ち続ける。8時間を超えるときもあるという。目立てを一発でも打ち損じれば失敗作となる。しかし、新家さんから驚くべきことを聞いた。

新家
実は練習をしていたときから今まで、一度も打ち損じをしたことがないんです。積み重ねていると金属と会話ができるようになってきました。

自作のタガネ。工房内のタガネはどれもカタチが異なる。

新家
僕が作るおろし金はコピーできないと思います。機械ではタガネが作れません。タガネの研磨が一番難度が高い。打ち方は独自に編みだしました。数百の目のカタチを全て均一の打っていくのですが、角度は左手が勝手に覚えててタガネにハンマーが真芯にあたっているかどうかは音で判断できます。

おろし金職人を目指してからわずか1年後の2018年、そして2021年には「グッドデザイン賞」受賞。2024年には全日本・食学会『bean47』大賞受賞した。ミシュラン三ッ星の料理人をも唸らせ、京都のミシュラン店を始め、全国の有名店にて使用されている。料理人からの要望も多く、それぞれの用途に応じてオーダーメイドを行なっている。


工房には目立ての異なる何種類ものおろし金が並ぶ。まるでおろし金の博物館のようである

タブーだった銅板のワサビおろし金を完成させる

料理人にはおろし金を使って最大限に料理をしてほしいという新家さんは、おろし金の可能性をさらに広げていく。

ワサビを摺るのは鮫皮おろしが最適だとされてきた。金属(銅)イオンが発生することで、ワサビ本来の辛味や風味が変化してしまうためだ。新家さんはその常識を打ち破ったのである。

ワサビ用のおろし金

新家
探求していったら目立ての大きさや深さをタガネの打ち込み方を調節することで鮫皮おろしで摺り下ろすよりも辛みや風味がよくなることがわかりました。和歌山の印南(いなみ)町の真妻わさびを栽培している平井わさび園の平井さんにも鮫皮おろしと僕のつくったワサビ用のおろし金とで比べてもらい認めてもらいました。

印南町は真妻わさびの発祥の地と言われているところである。平井わさび園は百年以上の歴史あるわさび園である。新家さんのワサビ用のおろし金はワサビの種類によって目立てを変えているそうだ。今までだれもそんな技を使っておろし金を製作してはいなかった。


芸術作品のような「匠シリーズ」

おろし金こそ、世界一の料理道具

新家
目立てひとつで素材の味を変えることができるおろし金こそ、世界一の料理道具だと思っています。

頭で考えるより食べてもらいたいと新家さんに即され、大根おろしを試食させてもらうことになった。

新家
今まで食べた大根おろしの概念を覆します。僕は世界一、大根おろしを摺るのがうまいんです。ノコギリは引くときに切れる、このおろし金は押せ押せ押せです。だから疲れない。まずは、何もつけないで食べてみてください。

大根の水分が外に出ない。大根に吸い込まれるように摺り下ろされている。まずは大根おろしのみ、シソドレッシングをかけた大根おろし、ポン酢と試食。何もかけてない大根おろしも大根の甘みと辛みがしておいしい。これは今まで食べた大根おろしと違うシャキシャキ感があり、大根そのものの味がする。“いくらでも食べられますね”と思わず口にする。大根の細胞を壊すことなく細かく切っている状態に近いのだそうだ。

新家
大根おろしにうま味と栄養素をまとわせているから味が違うでしょ。水分も外に出ない、大根に吸い込まれる。

持ち手が特徴的で、手のひらに乗せる、持ち手を握る、置いて使う、容器に引っ掛ける、といった多様な使い方が出来る。容器に引っ掛けて摺るととても楽に擦れる。

新家
大根おろしを主役にしたい。負けん気は世界一くらい強いんで、新家、これできへんやろと言われた瞬間でスイッチが入ってしまう。おろし金の職人の世界は、中継ぎがいてない。第二の人生、中継ぎに徹したらええと思っています。

最後に若い方に何かアドバイスはと聞くと…

新家
自分可愛いから中々自分の殻を壊せないかもしれないが、違う世界も山ほどあるので違う世界を体験して見てほしい。僕の場合は登山。大自然の中でいくらもがいたとてかなわない、そこで学ぶことも多いです。

“おろし金の世界の扉を開けてしまった”と新家さん。おろし金こそ世界一の調理器具だということを証明をするために、おろし金と向き合い日々進化させている。新家さんが製作するおろし金の世界はこれからも無限大に広がって行くに違いない。

※余談ですが、紀州新家のおろし金を手に入れて以来、毎日我が家の食事に大根おろしが登場しています。蕎麦の大根おろしのせが一番、多く食卓にでます。

紀州新家インフォメーション

文 湯川真理子

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
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