かっこよい人

コンプライアンス番外地・毒蝮三太夫が語る「ジジイ、ババア」ではじまる会話術【前編】

マムシさん、マムちゃんの愛称でおなじみ毒蝮三太夫さんが、「ユニークな名前を持つお仲間同士」であるお笑い芸人の玉袋筋太郎さんと著した対談本『愛し、愛され。』(KADOKAWA)が現在、好評発売中だ。

今回、そんなマムシさんが半世紀以上にわたって進行役を務めるTBSラジオ『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』の中継現場に密着取材する機会をいただいた。

コンプライアンス重視の世のなかにあって、お年寄りに「ジジイ、ババア」と話しかけるマムシさんのトークスタイルは極めて異色の存在だが、彼の毒舌トークはどうして許されているのだろうか?その秘密に迫ってみよう。

記事は前編と後編に分けて公開します。

毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)
1936年、東京生まれ。本名、石井伊吉。日本大学芸術学部映画学科卒業。12歳で俳優デビューし、『ウルトラマン』などの多くの作品に出演。1968年、『笑点』出演中に立川談志の助言で芸名を毒蝮三太夫に改名する。1969年からパーソナリティを務めるTBSラジオ『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』は、半世紀以上にわたって続く長寿コーナーとして知られる。司会や講演、執筆など幅広く活躍中。最新刊は玉袋筋太郎との共著『愛し、愛され。』(KADOKAWA)。
目次

伝説の生番組に密着!90歳の今も
「ジジイ、ババア」節は健在だった

TBSラジオ『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』は、昭和44(1969)年の放送開始から57年、形を変えながら現在に続いている公開生放送の伝説の長寿番組。現在は、外山惠理アナウンサーと玉袋筋太郎さんがパーソナリティをつとめる『金曜ワイドラジオTOKYO えんがわ』の番組内で毎月1回、最終金曜の16時から放送されている。

この日、マムシさんが訪ねたのは、下町情緒あふれる東京都文京区千駄木で居酒屋をいとなむ「魚貝三昧 彬」というお店。建物のすぐそばに魚屋さんが隣接していて、なんとそちらは大正中期から100年近くの歴史を持つ山長という老舗なのだという。「魚貝三昧 彬」は、その山長の二代目主人のご次男が34年前に開店したお店で、本家の山長のほうはご長男が三代目を継いでいるとか。9割以上を天然物の魚にこだわって提供する「地元に愛されているお店」だ。

常連客を含めたお店の人たちの歓迎の拍手に迎えられて店内に入ったマムシさん。お店の店主さんが近くにある汐見小学校の出身だという自己紹介を聞くと、学校への通り道の「団子坂」の話になる。

「団子坂は潮見坂とも呼ばれていて、森鷗外や夏目漱石なんかが住んでたころは、坂の上から東京湾が見えたんだよねぇ」とウンチクが飛び出したかと思うと、店主さんをチラリと見て「そういえばお前、シジミみたいな顔してるな」と先制パンチ。言われるほうもマムシさんの毒舌ぶりを知っているから「待ってました!」とばかりにドッと笑いが起きる。すると、生放送の緊張感はすっかりとれて、店内の空気はイッキになごやかになるのである。

カウンター席にはお隣の本家、山長の二代目ご主人も同席していた。今年の3月で90歳になったマムシさんより4つも年上というだけあって、顔を合わせたとたん「南無阿弥陀仏、ナムアミダブ……」と拝むマムシさん。こうしたお年寄りイジリは、マムシさんが得意中の得意とするところだ。

ちなみにお年寄りを前にして「死ぬのを忘れちゃったんじゃねえのか?」と言ったり、「暇なジジイとババアばっかり集まってるよ」などと突っ込んだりするのがいつものスタイルなのだが、この日のマムシさんは「話があっちに行ったり、こっちに来たりして相手をするのも大変なんだ」と愚痴りながらも、ご主人の話を丁寧に聞いている印象だ。

年寄りイジリにダジャレを連発!
サービス精神満載のワンマンショー

話は当然、昔の話に流れていく。昭和20(1945)年の5月24日、疎開をせずに品川区に住んでいたマムシさんは東京大空襲に直撃されて、ほうほうの体で下町の台東区竜泉に移り住むことになるのだが、山長のご主人は世田谷の九品仏に逃れていたため難を受けずに済んだのだとか。

「そのかわり、間借りしていた豆腐屋さんの商売道具を大事なものだからと防空壕に埋めておいたところにB-29の焼夷弾が落っこちて、パァになっちゃった」とご主人が話すと、「豆腐屋だけに、お大豆に(お大事に)してください」とマムシさん得意のダジャレが飛び出す。これも、おなじみのやりとりだ。

その後、焼夷弾のなかにも不発弾があって、中の油を取り出して薪の焚きつけに使ったとか、珍しい話も飛び出して、生放送は大いに盛り上がる。

「当時はマッチも粗悪品で薪に火をくべるのも大変だったよな。戦争が終わって向こうから入ってきた西部劇で、ゲイリー・クーパーが手にしたマッチを壁にスッとこすっただけで火がついたのを見たときは驚いたし、何より悔しかったよな」とは、山長のご主人と同様、戦争を知る世代のマムシさんならではの絶妙な相槌だ。

こうしたお年寄りとのトークでは、長いあいだ苦楽をともにしてきた旦那さん、奥さんとのエピソードを引き出すのがマムシさんならではの落とし所でもある。この日も山長のご主人から30年ほど前に亡くなったという奥さんの「姉さん女房で器量もよかった」というノロケ話を引き出しただけでなく、最後には「どうして先に逝っちゃったんだよ。早く迎えにきてくれよ」という味なひと言を引き出して生放送は終了。

だが、そこであっさりと「サヨナラ」とはならないのがマムシさんのマムシさんらしいところである。お店に集まった人と記念撮影をしたり、サインに応じたり、放送中に言えなかった話の続きをしたり、たっぷり交流の時間をとって誰もが満足した顔になったのを確かめて、初めてマムシさんは現場をあとにするのだ。

『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』は最初から最後まで、マムシさんのサービス精神あふれる人情劇場だった。

サインを求められれば気軽に「あいよ」と応えるマムシさん。書き出しの起語も相手に合わせてアドリブで書き分けている。

本音でしゃべってるだけ。
毒舌とも悪口とも違うんだ

さてここからは、次の移動先に向かったマムシさんのタクシーに同乗して、話を聞いてみよう。

今でこそ、「ジジイ、ババア」の毒舌トークがマムシさんのトレードマークですが、放送が始まった当初は普通のトーンで会話していたそうですね。

毒蝮
そりゃ、そうだよ。放送が始まったのが今から50年以上も昔のこと。当時のスタッフが「ジジイ、ババアでいきましょう」なんていうはずがないだろ?

だから、最初の3年くらいは普通に丁寧な言葉でしゃべってたよ。同じ下町で育った同級生がその放送を聞いて「お前がしゃべってるように聞こえないよ」と言ってきたくらい。

実際、自分の言葉じゃねぇなという自覚はオレにもあって、それがちょっとしたストレスになってたのは確かだね。だって、目の前の女性に「おきれいな方ですね」と言ったり、「立派なお店ですね」なんて愛想よくしゃべるのは、本職のアナウンサーのほうがオレよりずっとうまくやるもの。

オレ自身、きっかけはよく覚えてないんだけど、一説にはお袋が死んだとき、放送現場にやけに元気がよくて大声でしゃべる婆さんがいて、つい「憎らしいほど元気なババアがいるよ」と言ったのが最初だって言われている。まぁ、あながち間違いじゃないとは思うけどね。

TBSには、抗議の電話が殺到したそうですね?

毒蝮
よく、オレのしゃべりを毒舌だっていう人がいるけど、自分にとっちゃ毒舌でもなんでもないんだ。単純に本当のことを言っているだけ。目の前にいるのがシワだらけのジジイやババアだから「汚ねぇババアだな」とか「くたばり損ないのジジイ」という言い方になる。

下町育ちのオレにとって、年寄りと接するときに友だち感覚で向き合うのは当たり前のことで、「ジジイ、ババア」で話しかけるのは、本音でしゃべってる証拠なんだ。

だから、抗議の電話が殺到したという話を聞いて、それでクビになるならそれでもいいやと思ってた。本音を殺して無理してしゃべるのがそれくらい、嫌になっていたんだ。

だけど、プロデューサーやディレクターから「もう少し丁寧に」とか「ソフトにしゃべってくれ」と言われたことは、当時から今に至るまで一度もない。ありがたいことだよね。まずはスタッフが受け入れてくれて、それから世間のほうも少しずつオレのスタイルをおもしろがってくれるようになったんだ。

スーパー老人じゃなくていい。
市井の「ジジイ、ババア」に歴史あり

今ではお年寄りのほうが、マムシさんに「ジジイ、ババア」と呼ばれるのを喜んでらっしゃる雰囲気です。どうしてそうなったのでしょう?

毒蝮
要するに、非日常を楽しんでくれてるんじゃないかな。

例えば、オレが老人ホームに行って、入居している年寄りと会話をしたとしよう。そのとき、オレが真面目な顔で「今日はいいお天気ですね。お元気ですか?」なんて話しかけても、介護スタッフと接しているいつもの日常と変わらない会話になるだろ? そんな会話、おもしろくもなんともない。でも、「おっ! まだ生きてやがるな。死ぬのを忘れちゃったんじゃねぇか」なんて調子でオレが話せば、いつもと違った空気が流れる。本音で話をすることで、おもしろ味が生まれるんだ。

もちろん、「人を見て法を説け」という言葉があるように、オレだって相手を見てるんだよ。「その顔でよく警察が見逃さないね」なんて言われてムッとするような相手にはそんな風に話しかけない。

会話をする相手との距離感が大事なんですね?

毒蝮
何よりも大事なのは、相手の話を聞こうという姿勢だよ。以前、お袋が生きていたころ、「オレの番組にはくたばり損ないの汚ねぇババアばかりが集まってきやがって」と愚痴ったら、こんなことを言われたよ。
「年寄りは、お前に会いたくて来てくれるんだから、そんな風に言うとバチが当たるよ。年寄りが先にあの世に行ったとき、マムシさんはいい人だから悪い病気になったり事故に遭わないようにしてくださいと神さま仏さまに頼んでくれるよ」ってね。確かにそうかもしれないと思って、真剣に話を聞くようになった。

だから、相手が80を過ぎてもボディビルで筋骨隆々のスーパージジイとか、若い娘に負けない美貌を持ってるスーパーババアとかじゃなくても構わない。むしろ、今日の山長のおとっつぁんみたいに、どこにでもいる市井のごく普通の人の話に価値があると思うんだ。どんな人にも、その人にしか話せない、たったひとつの歴史ってもんがあるんだから。

いつ「引退」してもいい。
それでもやっぱり「生涯現役」

2026年3月31日にマムシさんは、90歳の卒寿をむかえました。理想はやはり、「生涯現役」ですか?

毒蝮
そんなことない。やめられるもんなら、明日にでもやめたいよ。

『ミュージックプレゼント』はオレが33歳のときに始まったんだけど、それからずっと週に6回とか5回くらいのペースで放送していたんだ。

それが80歳を過ぎたころから週3回になり、82歳からは週1回になり、80代後半からは月に1回のペースになった。それでも、今のオレの体力だと大変なんだよ。

昔は中継現場に電車で向かうこともあったけど、今は無理。TBSラジオから送迎のタクシーを手配してもらわなきゃならない。もちろん、商店街や町工場を訪ねて100人以上の観覧者をさばくのなんてのもできないね。昔はスーパーマーケットの店頭(テントー)でも立ちっぱなしで平気だったけど、この年になると転倒(テントー)はいちばんの敵、なんだよね(笑)。

カミさんなんかもしょっちゅうオレに「もういい加減に引退したら?」と言ってるよ。

それでも老体にムチ打って、どうにかこうにか続けているのは、スタッフを含め、オレの放送を楽しみにしてくれている人がいるからだよ。

「駕籠(かご)に乗る人、担(かつ)ぐ人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人」という言葉があるだろ? もっと言えば、「捨てた草鞋を拾う人」だっている。世のなかには、いろんな人がいて、それぞれがそれぞれの人生を生きることでまわっていくものなんだよ。

だから、できることなら許される限り、いろんな人と出会ってその人の話を聞いてみたい。その人の歴史のなかに、小さい役でもいいから登場人物のひとりになりたい。そんな思いが、今のオレの原動力になっているような気がするね。

あれ? それが結局、「生涯現役」ってことになるのかな? オレより3つ年上の黒柳徹子さんは、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)を100歳まで続けたいって言ってるそうだけど、見習いたいよ。それまでは、頑固で鼻つまみ者の「老害高齢者」じゃなくて、愛し、愛される「チャーミングな老人」を目指したいね。

とても楽しいお話、ありがとうございます。後編のインタビューでは、東京の下町に生まれ、子役デビューをしたきっかけから、芸名を本名の石井伊吉から毒蝮三太夫に改めたいきさつなどについて、お話しいただきたいと思います。


生放送のある日は、赤坂にあるいきつけの床屋さん「バーバー・タイヨー」で散髪するのが日課だというマムシさん。せっかくなので「付いていってもいいですか?」と聞くと、「ああ、いいよ」と応じてくれた。
「床屋は風呂屋と並んで、江戸の昔から大人の社交場だった場所。だから、散髪だけじゃなくて、ご主人や他の客たちとの会話が何よりの楽しみなんだ」

どうかマムシさん、90歳になってからも元気で「生涯現役」をつらぬいてください!

卒寿・還暦目前のふたりが語り尽くした人生論
『愛し、愛され。』
KADOKAWAより好評発売中!

毒蝮三太夫・玉袋筋太郎『愛し、愛され。』表紙
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  • 毒蝮三太夫&玉袋筋太郎・著
  • 出版社:KADOKAWA
  • 発売日:2026/1/29
  • 価格:1,980円(税込)

技術の進歩で暮らしは豊かになった一方、コンプライアンス至上主義の波は社会の隅々までに及び、いつしかコミュニケーション不全を生み出した。

そんな生きづらさを感じる現代に、戦前生まれで卒寿を目前にした「生けるレジェンド」毒蝮三太夫と、還暦を目前にした「時代遅れな昭和の粋芸人」玉袋筋太郎が、世代を超えて最強のタッグを組んだ。

ふたりはこの共著を通じ、これまでのキャリアで体験した心温まるエピソードをふんだんに紹介しつつ、社会に転がる問題を軽妙な掛け合いのなかで丁寧に紐解いていく。

毒蝮の「毒」と、玉袋の「粋」が融合した本書は、人生を見つめ直す深いきっかけとなるだろう。同時に、表面的な慰めではない芯を食った言葉で、どうしたら人間関係を豊かにし、日々の生活を実りあるものに変えていけるのかという示唆を与えてくれる。

「愛すれば、愛される」――。変化が激しい新時代を生きるわたしたちにとって、大切にすべきものを思い出させてくれる一冊だ!

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取材・文/内藤孝宏(ボブ内藤)
撮影/八木虎造

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