かっこよい人

「趣味を仕事にするなら覚悟しなさいよ(笑)」なぎら健壱さんインタビュー(前編)

なぎら健壱さんといえば、テレビやラジオで魅せる飄々(ひょうひょう)とした雰囲気をすぐに思い出す。
そのうえ、カメラや革小物、自転車、町歩きなどに長けた趣味人であり、
雑学の知識、昭和の世界を語らせたらピカイチ。
エッセイや写真集にも定評があって、
いわば“なんでもできちゃうタレント”として知られている。
さらには、半世紀近くも歌い続けるフォークシンガーとしての顔もお持ちだ。
さまざまなジャンルをこなし、ひとつのことをも一心に続ける、
なぎらさんにとって“働くこと”とは?

前編と後編の2回に分けてお届けいたします!

なぎら健壱(なぎら けんいち)
1952年、東京・中央区銀座(旧木挽町)生まれ。1970年に中津川フォークジャンボリーに飛び入り参加したことをきっかけにプロデビュー。毎月最終土曜日のライブ(吉祥寺・曼荼羅2)のほか、年1回のソロコンサート、他ミュージシャンとのジョイントコンサートも。写真家、タレント、俳優、エッセイストとして幅広く活動し、お酒や下町にまつわる連載・著書・講演多数。
目次

リタイアなんて
考えもしない

なぎら健壱、65歳。
世間でいうところの准高齢者。だが、当然ながらまだまだ現役。テレビやラジオはもとより、フォークシンガーとしてのライブ活動も精力的で、雑誌や新聞の連載も抱えている。小難しいことをボヤくのではなく、「へぇ~」と妙に納得させられるウンチク術もすごい。
さらにはカメラや革小物、筆記具、自転車といった趣味への造詣も深く、そうした姿をメディアで見るたびに、「いつも楽しそうに仕事しているなぁ」「趣味に没頭できてうらやましいなぁ」と思わせる(うらやましがられる)存在だ。
とはいえ65歳。
さすがに“老後”のことを考えている? 
はたまた、そんな60代を謳歌する秘訣は?

なぎら
われわれの世界は60歳で定年だとか、65歳までは働かせてもらえる、というのはありません。だって引き際は自分で決めるんですから。
サラリーマンや勤め人のように、「やれ、定年だ! これからどうしよう?」と考える時期がないからね。うーん、特段、年齢を意識してはいないから、こういう質問が一番難しい(笑)。
たとえば、明日から新年だ、はい、大晦日からお正月に変わりましたよ、といっても、あたし自身は何も変わっていないですもん。単に、そこを“しるし”にしているだけであって。だからね、60歳になったときも、漠然と迎えちゃったという感じでした。

いわゆる、定年=リタイアという考えには至らなかったんですね(そりゃそうですよね)。
その区切りがないことが、
生き生きと楽しそうに見える理由かも。

なぎら
うーん、どうでしょうね。経験していないからどんなもんだかわからない(笑)。でもね、定年に限らず、そうした転機というか区切りというのを持ってみたいな、という願望はあるんです。
だから、普通の勤め人の方の、あれこれ区切りがちょっと羨ましくもある。昇進や出世、部署の異動、転勤なんてことがあれば、その区切りごとに「さぁ、奮起するぞ!」となったかもしれませんから。でも、目の当たりにしたら「嫌だな、こんなの」って思うんでしょうけどね(笑)

区切りを意識せずにいたから、
ずっと走り続けられる?

なぎら
そういうことなんでしょうね。やめ時がないですから、やるしかない。意欲があるといえばありますが、それより「のんべんだらり」なんですよ。

「のんべんだらり」って、ダラダラしているとか、
締まりがないとかの意味ですよね?

なぎら
そ。あたしの人生に区切りがないといっても、曲をいつまでに作らなきゃいけない、原稿を何日までに仕上げなきゃいけないという締め切りはありますよ。けれども、「いつでもいいからお願いします」のように具体的な締め切りがないことも多々あります。となると、人間やりませんよ(笑)。という意味での「のんべんだらり」。
なので、締め切りって大事なんです。期限を切ってくれないとできないのが、人の常(笑)。

「五年後に」と言われるより「一週間でやれ」となったほうが張り切れるし、時間をかければいいってもんじゃありません。むしろ制限あるほうが集中していいものができたり、ね。

とはいえ、締め切りがなくても、いずれはやらなくちゃいけません。
どう、やる気を奮い立たせる?

なぎら
自分自身で締め切りを作るんですよ(笑)。自分の中で、「書き下ろそう」「曲をつくろう」って義務にするしかない。誰しもそうでしょうが、課せられない限り、やる気なんて起きるもんじゃないからね。
そう、仕事なんですよ。そこに楽しみなんてありません。楽しんでやっているうちは素人ですからね。

ひとつひとつの言葉をていねいにお話くださる、なぎらさん。そこかしこに“笑い”も加味してくださった。
締め切りの有無はさておき、アイデアやネタ、歌詞の元はすぐに手帳に書き留める。左はスマートフォン。こちらも活用中。

半分ぐらいの力で
やっておけ

なぎらさんのお仕事は、音楽、執筆、撮影、町歩き、蒐集……と多岐に渡りますが、
そもそもは、なぎらさんの好きなこと、つまり“楽しみ”であり“趣味”?

なぎら
趣味を持ったらそれが仕事になる。これ、われわれの一番の悩みです。仕方ないんですけどねぇ。
自転車が好きですと言えば、自転車の雑誌や番組がやってくる。散歩が好きだといえば、散歩の雑誌がやってくるしね(笑)。となると、それらを完全に仕事と割り切らないと。

趣味がお仕事なんてすばらしい! 
……と単純に思いますが?

なぎら
バカ言っちゃいけませんよ。趣味があるから仕事が楽しいんです。仕事を終えて、あるいは休日に満喫するからこその趣味なんです。趣味に浸ることでリラクゼーションにもなりますからね。でも、それが仕事になったらどうよ?

一日中、年がら年中、
好きなことばかりしていられる、とか?

なぎら
いやいやいや(笑)。家に帰ってまで同じことなんてしたくありませんよ。撮影や取材で一日中、自転車に乗っているのに、「明日の休みは、また自転車でどこかに行こうかなー」なんて、なかなかならないでしょ(笑)。
でね、そんなことばかりだと、逃げ場がなくなる。リラックスしたり、心を落ち着けたり、反対にワクワクするための趣味なのに、ね。

うう、
それは困りますね? 

なぎら
そうなんです。だから、次の趣味を持つしかない。ゆえに、あたしは多趣味(笑)。ホント、言い方は悪いかもしれませんが、もう、あたしの趣味を取らないでくれよ、って思っていました。
でもいつのころからか、そのあたりの加減できるようになりましてね。おっ、そうか! それが、あたしにとっての転機なのか!

コントロールできるようになった?
それとも、趣味に関する依頼は受けないとか?

なぎら
相変わらず、趣味関係の仕事ばかりです(笑)。で、気持ちを切り替えたというか、割り切ったというか。「趣味なのに仕事か……」とうんざりするのが嫌なんだから、半分ぐらいの力でやるようにしたんです。そうすると、半分は趣味として残しておけますからね。
そんなふうに割り切れるようになったのは最近ですよ、50過ぎてから、いや、下手すりゃ60をまわったころかもしれない。

お酒や写真など、いろいろな楽しみを教えてくれる、
“いいおじさん”というイメージもツライ?

なぎら
辛くはないですけどねぇ。でも、あたしがやっていることは、あくまでもあたしがおもしろいと思っていることであって。
たとえばね、町歩いて写真を撮っていますでしょ。すると、「おもしろいんですか?」と話しかけてくる人がいる。で、「ええ、おもしろいですよ」と答えると、「ついて行ってもいいですか」と返ってくる。

「じゃあ、一緒に行く?」
と誘ったり……?

なぎら
そんなことしませんよ(笑)。
「あたしが、あたしの視点でおもしろがっているだけであって、あなたにとって、おもしろいとは限りませんよ」と諭します(笑)。
そうした、おもしろいことの“見つけ方”を教えてあげますから、あなたにとっての“おもしろい”ことを見つけなさいよ、ってね。

ああ! だから、なぎらさんの著書(*『なぎら健壱の東京自転車』)には、
「あたし自身のガイドであって、あなたに合うかはわからない」ってあるんですね。

なぎら
そ。導入というか、きっかけになればそれでいいの。あたしの真似なんてしなくていい。したら、つまらないんだから(笑)。むしろ、今日のような話を聞いて、「あんなふうになりたくない」と真逆のことを選んでくれてもいいです。

なるほど。ここまでお話いただいていてなんですが、
酒場でのお仕事に憧れる人は多いかと。

なぎら
ふっ(笑)。でも仕事ですからね。やっぱり、そこも半分の力で臨んでます。ま、取材が終わっても、そこで飲み続けますけど。それはプライベートなのかなぁ。
でもね、おもしろいとか楽しいとか、好きだと言っているうちは素人なんですよ、なんでも。

さっきも言いましたけれど、仕事は義務として課さなきゃダメなんです。そこに楽しみなんてありませんから。

連載「バチ当たりの昼間酒」(少年画報社)、ビール専門誌「ビール王国」(ステレオサウンド)をはじめ、“酒”に関するエッセイ、テレビ番組も多数。
自転車歴もかなりのもの。雑誌での取材ほか、自転車ガイド本もあり。この自転車は、なぎらさん用につくられたオリジナルモデル(マツダ自転車・LEVEL)。

<なぎらさんのお話は後編に続きます!>

あるコンサートへの飛び入り出演をきっかけにデビューし、
まさかのフォークソングブームの終焉〜仕事のない時代へと突入した、なぎらさん。
“不遇の日々”をどう乗り切り、今のスタイルになったのか?

後編記事はこちら→「趣味を仕事にするなら覚悟しなさいよ(笑)」なぎら健壱さんインタビュー(後編)

なぎら健壱さん

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文と写真=山﨑真由子、写真=有村正一、写真提供=ブルックスコミュニケーションズ
東京・岩本町「KINOへや」にて取材

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
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