茂木健一郎、激白!炎上おじさんから世界的IKIGAIの教祖になった僕の「生きがい」論【後編】

前編のインタビューでは、「自由意志とは何か?」という根源的な問いから、生成AIと人間の脳の共通点・相違点などについて語ってくれた脳科学者の茂木健一郎さん。
後編では、茂木さんが初めて英語で著し、世界的なベストセラーになった『IKIGAI(生きがい)』の話からはじまって、60歳を越えた「老い」との向き合い方などについて話をうかがっていこう。
自身の「生きがい」を「Butterfly Moment(走っているときに蝶々が飛んでいるのを見ること)」と答えることの真意は一体、何だろう?
前編記事はこちら→茂木健一郎が考える、AIよりポンコツな人間にできる賢い生き方とは?【前編】
- 茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
1962年、東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー教授。東京大学理学部、法学部卒業後、 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。2005年、『脳と仮想』で、第4回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。

英語で書いた『IKIGAI』がドイツをはじめ
世界で受け入れられた理由とは?
茂木さんが2017年、初めて英語が執筆した著書『IKIGAI』が現在、世界35カ国で翻訳・出版され、ドイツでは15週連続1位の大ベストセラーになっているそうですね。
茂木
ええ、自分でも驚いています。英語で本を書くというのは、中学生のころからの夢だったんですが、50代後半でやっと実現できたというだけで、僕にとっては大きな喜びでした。
ドイツで刊行から7年目になってベストセラーになったきっかけは、あちらで人気の刑事ドラマで「IKIGAI」が話題に出たからのようです。犯人が自ら犯した罪を反省して「自分にはIKIGAIがなかった」と語るシーンがあったとかで。
「生きがい」という言葉は日本人にとって、あまりに当たり前の概念ですよね。
ただ、長寿な人が多く住む地域を意味する「ブルーゾーン」の概念を広めたアメリカの研究者であるダン・ベットナーさんが、沖縄に住む人の長寿の理由のひとつとして「IKIGAI」を紹介して、欧米でも広く知られるようになりました。
僕は自分の本のなかでは「IKIGAI」をこう定義しました。
「あなたにとって心から大事にしている一番のもの」
「あなたに喜びを与えてくれる小さなこと」
書店には、「どうすれば金持ちになれるか」とか、「社会的地位を高められるか」という主旨の自己啓発本が並んでいるけど、「生きがい」はその対極的なメッセージで、それが海外の人たちに新鮮に受け入れられたのかもしれません。
どんな反響がありましたか?
茂木
あるドイツ人が新宿御苑で花見をしているのを見て、こんなことを言っていました。
「桜が咲いているというだけのことで、日本人はどうしてあんなに幸せそうにしていられるんだろう」と。
ドイツはキリスト教の国です。この世には唯一絶対の神がいて、人間の罪を償うために地上に降りてきた神の子イエス・キリストへの信仰によって永遠の命を与えられる。そんな大きなイデオロギーを持つ彼らにとって、桜が咲いたという出来事は「些細なこと」にしか見えないのでしょう。
でも逆に、そんな「些細なこと」をありがたがれる日本人の感性が、価値あるものとして目に映り始めているのかもしれません。
新渡戸稲造の『Bushido: The Soul of Japan(武士道)』と岡倉天心の『The Book of Tea(茶の本)』は明治期に日本文化を世界に発信した名著だと言われていますが、『IKIGAI』はそれと同等の快挙だと言えるのではないでしょうか。
茂木
そうなると、うれしいですね。野球に例えれば、野茂英雄みたいな役割を果たしたということでしょうか。大谷翔平のような継承者が登場すれば、なおうれしいですけど。
2018年には恩蔵絢子さんの訳で『IKIGAI―日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣―』(新潮社)として出版されたほか、2022年には第二弾となる『The Way of Nagomi』で日本の「和み」の精神を紹介されました。
茂木
ええ、今年の7月には第三弾となる『Stoicism: The Ancient Path to a Life Well Lived(ストイシズム:充実した人生への古代からの道)』という本を出す予定です。こちらは日本文化を紹介するのではなくて、古代ギリシャのストア哲学を題材にして人類の精神性について語っています。これからも英語の本は、ずっと書き続けていきたいと思っていますよ。

「生きがい」は人間に必要である
と同時にAIにもそれが必要だ
「IKIGAI」が世界で大ブームになった背景には、生成AIの進化が加速して、多くの人が「人間とは何か?」ということに関心を抱いていることにも関係があると思うのですが、いかがでしょう?
茂木
ええ、大いに関係があると思います。
今、僕は人工生命を研究している池上高志さんと共同で東京大学大学院の「共創研究」を行っています。どんなことをやっているかというと、簡単に言えば「IKIGAI」という概念を科学的にとらえる研究です。
その出発点として、イギリスの経済学者のチャールズ・グッドハートが提唱した「グッドハートの法則」が念頭にありました。
どのような法則なのかというと、「計測結果が目標になると、個人や組織はその数字を作るために知恵をしぼり、目標自体が役に立たなくなる」というもの。
例えば、理想とする為替相場があったとして、それに近づけるための健全な経済運営をして、その結果として為替相場が理想的な水準に近づく分には問題はないんだけれど、数字のみを目標にしてしまうと本来の目的を見失って、不正な手段に走ったりする可能性が生じる、といった現象が起こるんです。
もうちょっと簡単な例え話をしましょうか。学生が自分の興味あることを一所懸命に勉強して、その結果として偏差値が高くなって、希望通りの大学に入れる学力を手に入れる分には問題はないんだけど、偏差値をあげることのみを目標にしてしまうと、受験対策がうまくなるだけの薄い学習しかできないというケースもあるでしょう。
あるいは、人生の伴侶となるパートナーに出会いたいと思った男性が、女性にモテることだけに精を出せば、複数の女性ととっかえひっかえの薄い付き合いを繰り返すことになり、人生の伴侶と出会う可能性が低くなっていくというケースもこの法則に当てはまると思います。
すごくわかりやすい説明です。でも、「グッドハートの法則」がどのようにして「生きがい」と関係してくるのですか?
茂木
「生きがい」を得ることを目指したとして、人は何をすべきでしょうか?
金銭的な富を目指して、お金儲けをしようとするのが正解なのか? それとも組織のなかで出世をして、社会的地位を得ようとするのが正解なのか?
違いますよね。「生きがい」を目指していたはずなのに、いつしか目標から外れて金の亡者、出世の亡者になってしまうのが関の山です。
僕は本のなかで「生きがい」を「あなたにとって心から大事にしている一番のもの」「あなたに喜びを与えてくれる小さなこと」と定義しました。
つまりそれは、人によって違う形で現れてくるものなんです。ある人は、おいしいケーキを食べたときかもしれないし、ある人はコミケで自分が作った同人誌が完売になったときかもしれない。
ちなみに、イギリスのブルームバーグのインタビューを受けたとき、「あなたの生きがいは何ですか?」と聞かれた僕は、「Butterfly Moment(走っているときに蝶々が飛んでいるのを見ること)」と答えました。
幼少期から蝶々を追うために毎日走っていたという茂木さんらしい「生きがい」ですね。
茂木
今、AIの研究分野では、「AIアライメント」といって、大規模言語モデルに人間の価値観や目標を埋め込んで、可能な限り有用で安全、かつ信頼できるものにするプロセスが研究されています。
僕が池上高志さんと共同で行っている「共創研究」では、そのプロセスに「生きがい」を組み込もうとしているのです。
茂木さんは『脳はAIにできないことをする』(徳間書店)のなかで、「AIは正解を知らない」ということを指摘されています。AIが「生きがい」を理解することはできるのでしょうか?
茂木
確かにAIが出す答えは、それが「正解」だとAIが判断しているわけではなく、「多くの人がうまくいっているから、こうするのがいいだろう」と統計上、導き出されたものです。
実際、AIはときどき間違った答えを出すことがあるし、質問に答えられないときがあります。だからこそ、「生きがい」という概念を取り入れることで、AIは人間のように考え、人間と寄り添える存在になっていくのではないかと僕たちは考えているのです。
人間にとっても、AI時代には「生きがい」を持つことがますます重要になっていることを強く感じます。

「王様は裸だ」と言える強さ
炎上を恐れない僕の発信哲学
ところで、茂木さんは研究活動のかたわら、メディアに積極的に出演して、多くの日本人に知られる有名人になりました。メディア出演は茂木さんにとって「生きがい」ですか?
茂木
いや、楽しいことは確かですけど、「生きがい」と呼ぶほどではないと思いますね。人に求められるのに従って、精いっぱいやってきたというのが実感です。
最初のきっかけは、小柴昌俊先生がノーベル物理学賞の賞金で設立した「平成基礎科学財団」が主催する「楽しむ科学教室」という高校生向けの講座を担当したことにさかのぼります。
僕は、高校生だからといって、手加減した話をするのは間違っていると思って、本音で話すことにしました。高校生だったころの自分なら、どんな話が聞きたいか、真剣に考えて新宿の工学院大学の会場に登壇しました。
日本の教育は間違っていると思う。子供をばかにしている。最初から、本当のことを伝えるべきだ。例えば、集合論をやるにしても、無限集合論までやって、初めて意味がある──。
そんな風に日本の学校教育のダメさを糾弾するような話をしました。それがNHKの番組で放送されて、評判になったんです。2004年のことです。
今の時代のようにSNSがあったら、炎上間違いナシの過激な言葉ですね?
茂木
当時は40歳を過ぎたばかりで元気だったから、物議をかもすことなんて構わないと思ってました。
そもそも僕は若いころから、「王様は裸だ」と人前で言うことに抵抗感のない人間でした。そもそも、言いたいことを言わずに忖度したり、相手の顔色をうかがって発言しても、ストレスがたまるだけでしょ?
だから、Twitter(現X)が登場してからは、すっかり炎上おじさんになってしまいました。
「ジャニーズは学芸会だ」とか、「日本のお笑いはオワコンだ」と発言するたび、炎上騒ぎになりましたが、この炎上体質は僕がメディアに登場した当初から一貫して変わっていないということになりますね。
テレビ初出演の後、NHKでは子ども向けの科学番組『科学大好き土よう塾』のゲストに起用されたり、『プロフェッショナル 仕事の流儀』では2006年から2011年にわたりメインパーソナリティをつとめています。近年は「IMAGINE大学」や「脳の教養チャンネル」など、YouTube活動も活発ですね?
茂木
最近、地上波のテレビになかなか出なくなっているのは、僕の過激な発言体質が今のテレビ界のコンプラ体質に敬遠されていることも一因だとは思いますが、そもそも僕自身、日本のテレビ番組の質の低下には辟易しているんです。
マンスプレイニング(mansplaining)という言葉を知っていますか? 男性が女性に対し、相手が理解していないと決めつけたことを上から目線で説明したり、知識をひけらかしたりする行為を指します。欧米ではハラスメントとして認識されていて、2010年には『ニューヨーク・タイムズ』紙の「ワード・オブ・ザ・イヤー」に選ばれました。
ところが、日本のテレビ番組には、いまだにこのマンスプレイニングが横行しています。メインの男性MCに「アシスタント」と名づけられた女子アナや女性タレントがあてがわれているフォーマットの番組は、すべてそれです。日本のテレビ業界は、もっと世界のトレンドに目を向けるべきだと思う。
それに比べて、YouTubeはすべてが自分発信だから好きなようにやれるところが楽しいです。学術的でマニアックな情報を発信しても、コメント欄にリアルタイムで高度なリアクションが返ってきたりして、手応えを感じます。
おそらく、日本の地上波のテレビ番組が世界のメディアの水準に成熟しない限り、出演する機会はそれほど多くなっていかないと思いますね。

人生はマラソンだ!
走り続けていく先に見えてくること
最後の質問です。茂木さんは2025年10月で63歳になります。どんな風に自らの「老い」と向き合っていますか?
茂木
先ほどお話しした通り、僕にとっての「生きがい」は「Butterfly Moment(走っているときに蝶々が飛んでいるのを見ること)」です。
蝶々に興味を持ったのは5歳のときで、小学生のころから研究を始めました。蝶々を研究することと、走ることは僕のなかでセットになっているのです。60歳を過ぎた今も、時間があれば毎朝10キロくらい、走ることを日課にしています。
最初にフルマラソンを走ったのは40歳のとき、つくばマラソンでした。睡眠中を除けばデスクに向かっている時間が圧倒的に長いため、体力を上げていかなければならないなと思って挑戦したんです。
東京マラソンは2015年、53歳のときに初完走したんですが、2018年からは国連UNHCR協会のチャリティランナーとして毎年出場しています。今ではそれが、自分の「老い」を確かめるバロメーターになっています。
2025年3月2日のXには、ゴール直後の写真とともに「なんか、着いた。」とポストされていますね。

茂木
都庁前のスタート地点から走り出してからの最初の10キロは、自分の気持ちと実際の肉体のパフォーマンスとのギャップにショックを受けて、「なんでこんなバカなことを始めてしまったんだろう」という後悔でいっぱいなんです。
それを過ぎると、だんだんその状態に慣れていって、途中で歩いたりしながら30キロを過ぎると、ゴールに着くのが楽しみになる。
人間の人生も、フルマラソンと同じなんじゃないですかね。10代の思春期は、自意識が暴走して後悔することもあるけど、年を経るごとにそれを克服して、自分が進むべき道に真剣に向かおうとするようになる。
AIは、そんな風にゆっくり成長することはなくて、休息も睡眠もせず365日24時間、永遠に学習を続けても疲れることを知りません。
だけど人間は、生きているうちは精いっぱい、疲れや老いにあらがいながら自分の道を走り続けるしかないんです。それこそが人間の「生きがい」の本当の意味なんじゃないでしょうか。
だからこそ、ゴールが見えてきたときの充実感がある。きっと、人生のゴールを切った僕は、心底からホッとしているんじゃないのかな。
もちろん、その日を迎える日まで、できれば「炎上おじさん」は卒業して、「やさしく、カワイイおじさん」くらいになれるように努力していきますよ。そのときは、「おじさん」じゃなくて、「おジイさん」になっているかもしれないけど(笑)。

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それでもAIにできなくて脳にできることはまだまだある(と思いたい)。
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