かっこよい人

茂木健一郎が考える、AIよりポンコツな人間にできる賢い生き方とは?【前編】

生成AIの進化が加速する中、「人間にしかできないことは何か?」という問いが、ますます現実味を帯びてきた。
脳科学者・茂木健一郎さんは、著書『脳はAIにできないことをする』(徳間書店)で、AI時代に求められる人間の力として「質問力」「ボキャブラリー」「判断力」「疑う力」「インテリジェンス」の5つを挙げている。
そんな茂木さんに“脳とAIの本質的な違い”について、じっくり話を聞いてみよう。
「自由意志とは何か?」という根源的な問いから、生成AIと人間の脳の共通点・相違点、そしてAIが浸透する未来社会の姿を探っていく。

記事は前編と後編に分けて公開します。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
1962年、東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー教授。東京大学理学部、法学部卒業後、 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。2005年、『脳と仮想』で、第4回小林秀雄賞を受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。
目次

自由意志についての議論は
古来から人間観にかかわる大問題だった

茂木さんはYouTubeなどで「自由意志なんてない」と発言されています。とても印象的な話でしたので、改めてお聞かせください。

茂木
はい、わかりました。自由意志というのは何かというと、他者の強制や支配を受けずに、自分自身が自分の道を選択する意志のこと。

ここで言う選択とは、どの大学に進もうかとか、どんな仕事に就こうかとか、パートナーを誰にしようかといった、人生に大きな影響を与える選択を指すこともあるし、例えば今日はどんな服を着て出かけようかとか、喫茶店に入ってどんな飲み物を注文しようかといった、日常生活での些細な選択も含みます。

そうやって人間は大小問わず、つねに数百、数千、数万の選択をしているわけで、自由意志があるかないかなんて、誰も気にしていないかもしれません。

ところが、この自由意志があるかどうかという問題は、古来から多くの人が議論してきた大問題なんです。

おっしゃる通り、「自分が進む道は自分で決める」というのは、すべての人が自然にやっていることのように思えますが、これを疑う人が、昔からいたってことですか?

茂木
例えば、4世紀のローマ帝国でカトリック教会の司教をつとめた聖アウグスティヌス(354~430年)は、「神が作った世界に、なぜ悪が存在するのか?」という疑問を持って、思い悩みました。

もし、この世界に悪の存在があることを認めてしまうと、神が善に満ちたこの世界を創造したというキリスト教の大前提が根底から覆ってしまうからです。

悪があるとすると、神がそもそも悪という性質を持っていることになるか、あるいは、この世界に神自身も制御できない悪が存在するという矛盾が生じるのです。

考えた挙げ句、アウグスティヌスは悪を「善の欠如」であると解釈しました。この世界の善には濃淡のようなものがあって、濃い部分と薄い部分を比較すると、薄い部分に僕たち人間が悪に見えるようなものがあるというわけです。

そして、悪を選択することは、自由意志が本来持っている能力を歪めた状態にあるのだと彼は位置づけました。悪を「善の欠如」と定義することで、自由意志が善への能力を持つことを明確にしたのです。

つまり、アウグスティヌスは「人間には自由意志がある」という立場をとったわけですね。

茂木
僕たち現代人は自分たちのことを、中世ヨーロッパに生きた人より賢いんだって勘違いしてしまうところがあるけど、脳そのものは、昔と今と比べてそう進化しているわけではないから、そんなことはないんです。

むしろアウグスティヌスは、人間存在の不思議をものすごく深いところで考えた人だと僕は思います。

1983年に行われた実験によって
「自由意志はない」は定説になった

その後、自由意志についてはどのような議論がなされたのでしょう?

茂木
時代はニュートンが万有引力を発見した18世紀になって、フランス人のラ・メトリ(1709~51年)という医師・哲学者が『人間機械論』という本を書きました。彼はこの本で、人間の肉体は、私たちの心を司る脳を含めて、リンゴが木から落ちるような自然法則に従って動く「機械」に過ぎないと主張したんです。

この考えは、多くの哲学者らに、人間の尊厳やモラルにとっての大きな脅威であると受け取られました。もし、僕たち人間がタンパク質や核酸、それに脂質などの有機物質でできた機械に過ぎないとすれば、あらゆる人間価値の基盤が脅かされるからです。

ニーチェの「神は死んだ」というテーゼや、サルトルの実存主義などは、このような危機感から生まれました。

しかし、人間が単なる機械であることは、科学的には証明できないのではないですか?

茂木
実は、これを科学的に実験した人がその後、現れるんです。

アメリカの生理学者のベンジャミン・リベット(1916~2007年)という人で、彼は1983年にこんな実験をしました。

まず、被験者たちは実験者に「自分の好きな時に腕を曲げてください」と指示されます。そのとき、手首につけた電極で動きがあった時間を計ります。それによって、腕の「運動」がいつ起こったかを計測するわけです。

それと同時に脳の補足運動野というところで起こった電気的な変化を脳波計で測定します。これは、腕を動かすための「脳活動」が起きた瞬間を把握するためです。

さらに、被験者たちの前には画面があって、そこでは点が円く回転しています。彼らが「腕を曲げよう」と自覚した瞬間に点が画面のどこにあったかを聞くことで、腕を動かそうという「意志」を自覚した瞬間がわかるわけです。

ものものしい実験ですね。どうやって自由意志の有無を確かめるのですか?

茂木
もし、自由意志があるなら、まず最初に「意志」が発動して、次に「脳活動」がはたらいて、「運動」が起こるはずですよね。ところが、この3つの動作を時間通りに並べると、「脳活動」→「意志」→「運動」という順番になったんです。
そう、「意志」より「脳活動」のほうが先だったんです。

リベットは、人間がある動作をしようとする「意識的」な意思決定の前に、「無意識的」に立ち上がってくる脳の電気信号を「準備電位(Rediness Potential)」と呼びました。

ですから、現在においては、「人間に自由意志はない」というのが定説となっているんです。

「自由意志」はない。だが、
拒否権という形で限定的に発動する

「自由意志なんてない」ということを私たちは、どう受け止めて生きていけばいいんでしょうか?

茂木
別に、悲観的になる必要はないと思いますよ。

現に僕は、自由意志がないことを認めてから、いろんなことに寛容になりました。芸能人が不倫スキャンダルを起こしたり、政治家の裏金問題に関するニュースを見ても、「不謹慎だ!」とか「けしからん」と目くじらを立てるようなことはしません。不倫だって裏金だって、脳がその人にそうさせているだけなんだから「仕方がないじゃない」って思えるからね。

ただ、この考えを徹底していくのは、確かに危険なことではあるんです。というのも、盗みをはたらいたり、人を傷つけるような行為の刑事責任に対して、罪を問うことができなくなるからね。「脳の無意識の選択によって罪を犯しました。だから私には責任はありません」という言い逃れができてしまう。

ただ、現在の社会の法律がその方向に進んでいかなかったのには、重要な理由があります。それは、「自由意志」はある限定的な部分ではたらかせることができるということです。

限定的な部分というと……?

茂木
例えば今、僕は目の前のテーブルに載っているコーヒーカップに砂糖を入れようとしたとしましょう。これは、「自由意志」ではなく、脳による無意識によって導き出された行動です。でも、それを行動に移す前に「でも、最近カロリーを摂りすぎているから、砂糖は控えておこうかな」と思い直して砂糖を入れるのをやめることもできる。つまり、脳の無意識が命じる指令に対して拒否権が発動するんです。

この拒否権こそが、「自由意志」が限定的に発動する瞬間です。人間は、「ものを盗んだりしたら迷惑がかかるじゃないか」とか、「今ここで人に危害を加えたりしたら大変なことになるぞ」と、その場の無意識の衝動を思い留めることができる。そうした拒否権の能力があることで、刑事責任能力が担保されているのかもしれません。

ただ、拒否権を発動するのもやはり、脳のはたらきには違いないので、やっぱり「自由意志はあるのか?」問題には、完全な決着がついているわけではないんですね。

「人間には自由意志がない」という考えには、いまだにわかに信じがたい感じが残りますが、「AIには自由意志がない」というのは納得できる気がします。なぜでしょう?

茂木
そう、ChatGPTのようなチャット型生成AIは、人間がプロンプトに入力した質問や要望に対して、実に人間的な回答を返してきますよね。

その仕組みは、書籍、WEBサイト、データベースなどの膨大なテキストデータを学習して、最初の言葉の次に続く言葉を統計的に予測して文章を組み立てているのです。ここに、「自由意志」が這い入るスキマはありません。ChatGPTは、自分の回答が「正解」であるかを知っているわけではないし、質問者の役に立つことで喜ぶような「感動」を味わうこともありません。

にもかかわらずChatGPTの回答は、僕らから見ても「人間的」に回答しているような印象を受けます。ということは、人間の脳もChatGPTと同じような方法で言葉を作っていると考えることはできませんか?

実はAI、すなわち人工知能というのは、脳の研究の分野ではずいぶん以前から重要なテーマでした。2024年にノーベル物理学賞をとった認知心理学者のジェフリー・ヒントン(1947年~)は、AI技術を飛躍的に発展させたディープラーニングの研究を1980年代から始めていますし、僕が理化学研究所にいたころの師匠だった甘利俊一先生(1936年~)は、ディープラーニングの基礎となったニューラルネットワークの研究を1970年代に行っています。

つまり、AIの研究と、脳機能の研究は表裏一体なんです。現在の生成AIの爆発的な進化は、ヒントンや甘利先生らの研究によって準備されてきたものとも言えるのです。AIの研究を進めていけばいくほど、脳の領域に近づくことになり、反対に脳の研究を進めていけばいくほど、AIの領域に近づいていく。両者は密接不可分で、その結びつきはどんどん深くなっています。

脳科学者である僕がAIにこれほど関心を持っている理由は、そのようなことが背景にあるんです。

AI未来社会はユートピアか、
ディストピアなのかは「わからない」

そんな茂木さんは、近年、AI技術が個人、企業、社会など、あらゆる階層で急速に浸透している様子をどのようにご覧になっていますか?

茂木
AIの誕生は、おそらく人類の歴史のなかで分岐点と言える出来事になるでしょう。未来学者のレイ・カーツワイル(1948年~)は2013年に「2045年にはAIが人間の知能を超える」というシンギュラリティー説を唱えましたが、現時点ではその予想をうわまわる速度で技術は進歩しています。

例えば、これまでの日本では、いい大学に入って、いい会社に就職して、出世していくエリートコースを多くの人が目指していました。だけど、AIから比べれば人間の知能はポンコツ同然になるのだから、そういう人間同士の競争ではエリートにはなれません。

日本の偏差値教育というものが、何の意味もなさなくなるのは時間の問題でしょう。

年齢のハンデキャップもなくなります。これまで一部の大人でしかできなかったことが子どもや高齢者でもできるようになる。

子どもはAIによって独自のカリキュラムを編成して、興味を持ったことをトコトンまで学ぶことで一流大学レベルの教育に最短距離で近づいていくことができる。

車の免許を自主返納した高齢者だって、AIの自動運転技術が進めば、好きなとき、好きな場所に移動することができる。

それだけではなくて、AIは言語の壁も乗り越えます。AIの助けを借りればあらゆる言語が理解できるのですから、日本を飛び出して世界で活躍するチャンスが広がります。逆に言えばそれは、世界にいるあらゆる人が日本にやってきて競争相手になるということでもあります。

これからは、日本だけのマーケットではなく、世界70億人のマーケットを意識しないとビジネスで成功するのはむずかしくなるでしょう。

茂木さんはそんな未来のAI社会をユートピアだと思いますか? それともディストピアだと思いますか?

茂木
それは、今の時点では何とも言えませんね。1968年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』では、宇宙船ディスカバリー号に搭載された「HAL 9000」というAIが暴走して、人類に反逆するというストーリーが描かれています。最後は人間によって活動を停止させられますが、まさに今日の進化したAIが暴走を起こしかねないことを予言する先駆的な内容になっていました。

原子力爆弾は、第二次世界大戦の「マンハッタン計画」によって開発製造されましたが、その後、世界が深刻な冷戦時代になだれこむなか、原子力発電などの平和利用の道が模索されました。

ただ、AI技術はそれとは逆に、平和利用から軍事利用に活用される懸念も指摘されています。例えば、AIアプリ「Grok(グロック)」の開発に投資しているイーロン・マスク(1971年~)でさえ、「AIは核兵器より大きな危険性を秘めているかもしれない」と発言しています。

ワンクリックで世界が変わるAI時代、
何を選択するかがますます重要になる

茂木さんは今回の著書『脳はAIにできないことをする』(徳間書店)において、これからの社会は「AIを使いこなす人」と、「AIの指示に従う人に従う人」に二分化されていくということを指摘しています。どういうことでしょうか?

茂木
「AIを使いこなす人」とは、AIを自分の目的のために動かして、その成果を2倍にも10倍にも、100倍にも、指数関数的に倍増させることができる人です。

その一方、「AIの指示に従う人に従う人」は、AIに何かしらの要求をして、その答え通りに動いて満足する人。あるいは、自分の知らないところでAIによる指示がはたらいているのに、それを知らずして指示に従っている人です。おそらく前者と後者の間には、驚くべき情報格差が生じるのではないでしょうか。

そんな時代に賢く生きる方法は、あると思いますか?

茂木
人工知能時代には、人が何を選ぶかということが重要になってくると僕は考えています。

YouTubeのアプリを開くと、アルゴリズムが視聴傾向を読み取って、同じような動画をレコメンドしてきます。ゲームが好きな人は、ゲームの実況動画が多くなるでしょうし、アニメが好きな人は、アニメ動画が多くなるはずです。

つまり、何をクリックするかで自分の世界がガラリと変わってしまうのです。

「エコーチェンバー」という言葉を知っていますか? 人がソーシャルメディアを利用するとき、自分と似た興味関心をもつユーザーをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくる状況のことをいいます。閉じた小部屋で音が反響する物理現象に例えた言葉です。ある意味で、恐ろしい世界ですよね。

そこで、先ほどお話した「自由意志」を思い出してください。僕たち人間は、無意識からあがってくる提案を受け入れるしかないんだけど、拒否権を発動することができるという話です。

だから、選択することに敏感になって、無意識を豊かに耕すこと、普段から自分の無意識に入れる素材を吟味して選ぶことが重要になるんです。なぜなら、今日、自分が選んだことが、明日の自分を作るのだから。

「自由意志」はないのかもしれない。だけど、小さな選択を慎重に積み重ねていくことで、大きな希望の選択に近づくことはできるのです。そう考えてみると、膨大な情報に満ちあふれた世界、クリックひとつで変わってしまう世界をしたたかに生きることができるはずですよ。

興味深いお話、ありがとうございます。後編のインタビューでは、茂木さんが初めて英語で書いて、世界35カ国に翻訳出版され、世界的ムーブメントを巻き起こしている著書『IKIGAI(生きがい)』についてのお話、2025年10月に63歳になる現在の心境などについて、うかがっていきたいと思います。

後編記事はこちら→ 茂木健一郎、激白!炎上おじさんから世界的IKIGAIの教祖になった僕の「生きがい」論【後編】

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取材・文/内藤孝宏(ボブ内藤)
撮影/八木虎造

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