演じる人から、書く人へ──大鶴義丹の創作の源泉【後編】

前編のインタビューでは、偉大なる演劇人である父・唐十郎氏に反発しながらも俳優の道に進んだいきさつをはじめ、2025年秋に上演される『醉いどれ天使』への意気込みなどを語ってくれた大鶴義丹さん。
後編では、俳優ではない、作家・小説家としての義丹さんの素顔、家庭人としての素顔に迫ってみよう。
前編記事はこちら→父を超えて舞台へ!大鶴義丹が語る、演劇人生の原点【前編】

- 大鶴義丹(おおつる・ぎたん)
1968年東京都生まれ。学生時代に俳優としてデビュー。1990年『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し、小説家、作家としても活躍。1995年『となりのボブ・マーリィ』で映画監督としての活動も開始する。30代後半からは舞台出演に力を入れ、2024年には年間10本の作品に出演した。2025年11月7日からは黒澤明の名作『醉いどれ天使』の舞台版に出演。注目を浴びている。
演じることから、言葉を紡ぐことへ。
創作にかける思い
義丹さんは1990年、『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し、小説家デビューをしていますが、小説を書くきっかけは何だったのでしょう?
大鶴
卒業はしていないけど、通っていたのが日芸(日本大学芸術学部)の文芸学科でしたから、同人誌に短編小説とか評論を載せたりして、書くことには親しみがありました。『スプラッシュ』を書いたのも、まだ在学中のころでしたからね。
お父さんの唐十郎さんが『佐川君からの手紙』で芥川賞を受賞したのが1983年ですから、それに触発されたのでしょうか?
大鶴
いや、そのこととは特に関係がないと思います。役者になったときは父の存在をすごく意識したけど、このときは頭にありませんでした。抑えられない創作意欲が湧いてきて、それに素直に従って書いたという感じ。何の気負いもなかった。
書くことは僕にとって、自然な表現形式なんです。役者のくせにこんなことを言うのは恥ずかしいけど、結婚式のスピーチとかで自分の思っていることをしゃべるのって、すごく苦手なんです。言いたいことの2割くらいしか表現できない。
でも、文章なら、自分の心のなかの深いところにある心理を見つめることができて、それを適確な言葉にすることができる。
2022年に13本目の最新作『女優』(集英社)を発表するなど、コンスタントに小説を書き続けているのは、そのおかげなのかもしれませんね。執筆は、どんなときにするんですか?
大鶴
若いころはカッコつけて深夜に書いたりしていたけど、今は断然、朝です。
年をとったせいか、目が覚めるのがどんどん早くなっていって、今は4時半くらいに起きてしまうんだけど、会社勤めの奥さんが7時に起きて、出勤の準備をワチャワチャはじめるまでの2時間半は僕にとって、誰にも邪魔されない至福の時間なんです。
執筆をしない日は、大好きなホラー映画を観るのにちょうどいい時間でもあります。頭が冴えている分、思いっきり恐怖感にひたれるのかもしれません。
義丹さんがホラー映画好きだったとは、意外です。
大鶴
最近では、Netflixで見たジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』(2017)が素晴らしかった。そのほかにもゾンビものとか、B級のスプラット・ホラーものとか、何でも見ますよ。
舞台だけでなく、
台所でも「うまい」と言わせたい
2015年には、『大鶴義丹のつるっと円満パスタ! 夫婦・恋人が笑顔になるHAPPYレシピ』(ぴあMOOK)を出版して、料理の腕前を披露しましたね?
大鶴
料理が好きになったのは、父の影響なんです。稽古とか、本番終わりなんかはたいてい酒盛りがはじまるんですが、そんなとき、父は台所に行って器用にササッと料理を作って劇団員にふるまっていました。
ひとり暮らしをしていたころは自炊だったし、刺し身盛りとかを作らせたらお店で出すのと遜色ないクオリティのお皿が作れますよ。
この本で紹介されているパスタは、奥さんが「レストランの味に負けていない! 」と太鼓判を押したそうですね。
大鶴
妻は飲食の仕事も経験したことがある人なので、「おいしい」と言わせるのは簡単なことじゃないんです。
最近、ネット界隈で「味の素論争」が起こっていますが、それについて夫婦で議論したこともあります。
僕なりの結論は、「化学調味料だろうが何だろうが、旨味には違いないんだから積極的に使うべき」というもの。聞けば、ミシュランに載るような店でも、「ウチは使ってるよ」と公言する店もあるそうですしね。
パスタに関しては、週に最低でも2回、1年で100皿以上は作っているそうですね?
大鶴
結婚して4~5年くらいまではね。
実は最近、妻によく言われるのは「あなたは家のなかでは台本を読んでいるか、バイクをいじるしかしてないわよね」ということ。そう、料理からすっかり遠ざかっています(笑)。
走る、直す、語る──。
バイクはもう一つの僕の舞台
義丹さんは月刊『ライダーズ・クラブ』で長期連載するなど、バイク好きな一面があります。バイクにはいつごろからハマったんですか?
大鶴
16歳で免許を取ってすぐのころだから、50年以上前のことになります。
20代のころはモトクロスのオフロードレースとかにも出たりしていたけど、途中から「ケガをして仕事に穴をあけるわけにはいかない」という自覚が芽生えて、6割引きくらいの慎重さでバイクに乗るようになりました。
最近、ワンボックスカーで愛車を牽引してユーザー車検をしたことを自身のインスタグラムで公表して話題になりましたね?
大鶴
今、ウチの車庫には4.5台のバイクがあるんです。0.5台は映画監督の友達と共有して所有しているからで、それだけのバイクを持つと、整備のほうも自分でやれないと維持できないんです。
タイヤ交換も業務用のチェンジャーとかコンプレッサーを置いてあるので自分で全部できるし、オイルも20リットルのペール缶を卸値でまとめ買いして費用を抑えています。
30代後半のころ、自分で監督した映画の資金を調達するため、バイクを売ったりした時期もあったけど、好きなバイクに囲まれた日々はやっぱり楽しいですよ。
あえて他人のレールに乗るから見える、
新しい視点
2025年で義丹さんは57歳になりました。最後に60代を迎えるにあたっての抱負をお聞かせください。
大鶴
最近、僕はオファーされた仕事は断らずに受けることにしているんです。もちろん、オファーのなかには「なんでこの役がオレなの?」と首をかしげてしまうものもあるんだけど、オファーしてくれた方にはそれなりの意図や思いがあるはずだと考えるようになりました。
実際、そうやって引き受けた仕事で今までの自分になかった面が引き出されたりして、意義を感じることも多いんです。
自分で敷いたレールに乗るのではなく、あえて他者のレールに乗ってみるということですね?
大鶴
そうです、そうです。自分の好みで仕事を選んでいたら、その範囲のなかでの発見しかないんですよね。
そんな風に考えられるようになったのは、たぶん年齢的なものが大きいと思います。20代とか30代の自分を思い返してみると、「なぜあのとき、挑戦しなかったんだ」とか、「なぜ、あんな中途半端な仕事をしちゃったんだ」と反省させられることが多いですからね。
だから、60代になるのは、とても楽しみでもあります。きっと、今よりもできる役の幅は広がっていると思うし、どんな役ができるんだろうと考えるとワクワクします。
これからも、人に必要とされることのありがたみを忘れず、何事にも挑戦していきたいですね。
舞台公演『醉いどれ天使』

黒澤明と三船敏郎が初めてタッグを組んだ
伝説の作品『醉いどれ天使』が、今秋、舞台となって蘇る。
脚本を担当するのは、2021年の令和版の初演と同じく蓬莱竜太。演出は、深作健太。三船が演じた闇市を支配する若いやくざ・松永は6年ぶりの主演舞台となる北山宏光が挑む。
そして、松永を見守る酒好きで毒舌な貧乏医師・真田を渡辺大、刑務所からの出所後、松永と対峙することになる兄貴分のやくざ、岡田を大鶴義丹が演じる。
戦後の混沌とした時代を背景に、不器用ながらも人間味あふれる登場人物たちが現代に生きる我々に問う、衝撃の話題作に乞うご期待!
- 【東京公演】 明治座
2025年11月7日(金)~23日(日) - 【愛知公演】 御園座
2025年11月28日(金)~30日(日) - 【大阪公演】 新歌舞伎座
2025年12月5日(金)~14日(日)
公式ホームページ
https://www.yoidoretenshi-stage.jp/
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