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映画『真実』是枝監督&日本語吹替版に挑戦した宮本信子、宮﨑あおいインタビュー 「俳優の声を基に脚本を書く」

『万引き家族』でカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを受賞した、是枝裕和監督の最新作『真実』は、フランスを代表する女優カトリーヌ・ドヌーヴ、『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したジュリエット・ビノシュ、アメリカの人気俳優イーサン・ホークが共演する日仏合作映画です。本作の日本語吹替版で、ドヌーヴとビノシュの声を担当したのが女優の宮本信子さんと宮﨑あおいさん。今回は、是枝監督、宮本さん、宮﨑さんに、映画『真実』と吹替版の制作裏話、母と娘についてなど、さまざまなお話を伺ってきました。

目次

映画『真実』物語

フランスの国民的大女優のファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ/宮本信子)のパリの自宅に、ニューヨークで脚本家をしている娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ/宮﨑あおい)が、俳優の夫ハンク(イーサン・ホーク)と娘のシャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)を連れて里帰り。ファビエンヌの自伝出版のお祝いに来たのですが、リュミールは刷り上がったばかりの自伝を一晩で読み、翌日、母のファビエンヌに「どこに真実があるの?」と、自伝には嘘ばかりが書かれていると詰め寄ります。ファビエンヌは「真実なんて退屈だわ」と一笑に付しますが、リュミールに「サラおばさんのことが書かれていない」と言われると、彼女の表情は曇ってしまい……。

Photo L. Champoussin © 3B-分福-Mi Movies-France 3 Cinéma

フランス映画でも変わらない是枝監督の映画に臨むスタンス

是枝監督にとってフランス人スタッフとキャストによる作品は初ですが、その中で是枝監督の「色」を出そうと意識されましたか? どのように取り組まれたのか教えてください。

是枝裕和監督(以下、是枝監督)
特に意識はしていません。フランス映画だからフランスらしくとも考えていないし、自分の色を出そうと思っていませんでした。日本で撮影するときも日本映画らしくとは考えて演出しませんから、それと一緒です。僕は「この素晴らしい俳優たちのアンサンブルをどのように演出しようか」とか「パリの素晴らしい家をどう映そうか」とか、いつもと変わらないスタンスで取り組みました。

ただ今回、パリでの撮影で、日本とは違うと感じたのは、家の中の空間です。僕は撮影に使ったパリの家に泊まって、台本のセリフを言いながら、役者と同じように歩いてみたのですが、イメージしたよりも広く、セリフが足りないと思う箇所がありました。またフランス語と日本語とは、同じ意味のことを言っても尺(長さ)が違うので、セリフを微調整する作業がありました。技術的なことですが、ホームドラマを作る上ではとても大切なことなのです。それが面白くもあり、難しくもありました。

キャスティングにおいて声は重要。声をもとにセリフが生まれる

空間の大小でセリフの微調整があるというのは驚きです。他に海外のキャストやスタッフの影響で、セリフやシーンが変わったということはありましたか?

是枝監督
例えば撮影現場で意見の対立からスタッフ同士が言い争いになっても、フランス人は、翌日はケロっと仲直りしているんですよ。日本人だったら、絶対に翌日も引きずるであろうことも、何事もなかったように冗談を言ったりしていて、フランス人は切り替えがはっきりしているんです。だから多少のぶつかりあいがあっても人間関係が壊れることはないんですね。そう感じたので、ハンクがお酒を飲み過ぎてハメをはずしたあと、日本だったら奥さんが怒って、夫が寝室に戻ってきても寝たふりをするようなシーンでも、本作では夫婦で思いきり気持ちをぶつけあってもらいました。

あと、スタッフに「奥さんの実家に里帰りした日の夜にベッドを共にするか」と聞いたら「普通にする」と言われたので(笑)、それをもとに実家に泊まった翌日、ファビエンヌがリュミールに「何回したの?」と冗談まじりに聞くシーンを入れました。日本だったら遠慮するでしょうから、ああいうセリフは書かないけど(笑)、フランスならありだなと思ったのです。

ファビエンヌが新作で共演する女優マノン役のマノン・クラヴェルさんのハスキーな声が素晴らしかったのでキャスティングしたと聞いていますが、キャスティングにおいて声は重要なパーツですか?

是枝監督
映画はキャスティングが8割だと思っていますが、その中で声の占める割合はとても重要です。僕は聞いた声を基に脚本を書きたいので『真実』でも子役以外は本読みに来ていただき、読み合わせをしました。ファビエンヌとリュミールとその娘のシャルロット、この3世代の声がどう響くかをちゃんと掴んでおくことは大事。このやり方は日本で映画を作るときと一緒です。

Photo L. Champoussin © 3B-分福-Mi Movies-France 3 Cinéma

是枝監督が仕事をしたい女優二人にお願いをした日本語吹替版

今回、日本語吹替版でファビエンヌに宮本信子さん、リュミールに宮﨑あおいさんを監督が選んだそうですが、決め手について教えてください。

是枝監督
お二人は好きな女優さんなので、一緒に仕事がしたかったんです(笑)。選んだというより、お願いしたという感じです。カトリーヌ・ドヌーヴの凛とした佇まいと毒舌でもチャーミングなところを、宮本さんなら上手く演じてくれるはずだと思いました。宮﨑さんは、ジュリエット・ビノシュより年下ですが、彼女は少年役もお母さん役もできる声質と演技力のある女優さんなので、2人を組ませて、掛け合いの演技をさせたら面白いだろうと思いました。

Photo L. Champoussin © 3B-分福-Mi Movies-France 3 Cinéma

宮本さんと宮﨑さんは、是枝監督から依頼があったとき、どんな気持ちでしたか? また吹き替えの仕事のために準備したことについて教えてください。

宮本信子さん(以下、宮本)
是枝監督とは初めてお仕事をしたのですが、出会いは3年前。是枝監督が伊丹十三賞を受賞されたときに授賞式でお会いしたのがきっかけです。温厚で人の話に耳を傾けてくださる方で、とても楽しい時間を過ごしました。でも今回、カトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えのお話をいただいたとき、ちょっと悩んだんですよ。

吹き替えのお仕事は初めてですし、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴの声ですから、私でいいのかしら……と。でも、これもご縁だと思い、挑戦することにしました。準備としては、『真実』はもちろん、他のカトリーヌ・ドヌーヴの主演映画を観ました。映画『8人の女たち』を観なおしたり、彼女のお芝居をいろいろ拝見して臨みました。

© 2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

宮﨑あおいさん(以下、宮﨑)
私は是枝監督の作品が好きだったので、是枝作品に関われるのはうれしくて「やりたいです!」と、すぐに返事をさせていただきました。準備としては『真実』を何度も何度も観ました。声を録るとき、どうしても目が台本を追ってしまって、ビノシュさんの表情を細かく見られないので、台本を見ていても、ビノシュさんがそのセリフを言うときの表情や演技がイメージできるように、何度も観なおして、自分の中に焼き付けました。

© 2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

是枝監督
事前に一度、打ち合わせをしたのですが、宮本さんはすごく台本を読み込まれていて、書き込みや付箋が貼ってあるところがあったり、「このシーンは少し感情を足して演じてもいいですか?」と提案があったりしましたね。僕からは「お二人は女優さんであって、声優さんではないので、自分を消して演じる必要はないです、自由に演じてください」とお願いしました。

自由に演じてくださいと言われてどう思いましたか?戸惑いなどありましたか?

宮本
「受けて立つ!」という気持ちです(笑)

宮﨑
私も「やるしかない!」と思いました(笑)

カトリーヌ・ドヌーヴのDNAを受け継いだ女優とは

ファビエンヌは、公私ともにザ・女優というタイプで、女優としてすぐれていることが最も大切だと思っていますよね。本当は家族も大切だけれど「良い母親だと思われなくてもかまわない」と、私生活でも奔放に振舞いますが、そんなファビエンヌの生き方を同じ女優であるお二人はどう思われますか?

宮本
そういう考えの女優さんがいてもいいと思います。でも私とは全然違いますね。私は、私生活でもきちんとしていたいし、その上でお芝居という好きな仕事をして生きていきたいからです。ファビエンヌは私生活も華やかで女優らしい振舞いをしますが、普段の私は地味なんですよ。もちろん演技のスイッチが入ればファビエンヌにもなれますけどね。女優は役を生きるわけですから。

宮﨑
私と母の関係はファビエンヌとリュミールとは全く違いますし、多くの女優さんと一緒にお仕事してきましたが、ファビエンヌはあまりお会いしたことのないタイプの方だなあと思いました。

監督は、この映画を作るにあたって、カトリーヌ・ドヌーヴさんにロングインタビューをされたそうですが、彼女のお話の中で、監督の心に刺さった言葉はありますか?

是枝監督
自分のDNAを受け継いだ女優はいますか?と聞いたとき「フランスにはいないわね。アメリカだったら、ケイト・ウィンスレットとナオミ・ワッツ」とおっしゃったんです。その言葉が印象的だったので、脚本に加えました。

宮﨑
自分のDNAを受け継いだ女優さんの実名が出るというのが凄いです。私は考えたこともありませんから。

是枝監督
カトリーヌ・ドヌーヴさんには、フランス映画界で60年近く中心を歩いてきたという自負がありますから。彼女にしか言えない言葉だと思います。

日本語吹替版の魅力はスクリーンの隅々まで楽しめること

宮本さんと宮﨑さん、日本語吹替版をご覧になったときの率直な感想を聞かせてください。

宮本
私は外国映画は字幕で観ることが多いので、スクリーンにドヌーヴが映っているのに、声は私というのが不思議でした。これで1本の外国映画が成り立つわけですから、とても責任があるお仕事で、楽しむというより、粛々とさせていただきました。ファビエンヌは歯に衣着せぬ物言いをするのですが、同じ女優として「よくぞ言ってくれた」という言葉もあり、女優として彼女の気持ちはよくわかりましたね。

宮﨑
私も完成した『真実』を観たとき、スクリーンに映っているのはジュリエット・ビノシュさんなのに、声は私なので混乱しました(笑)。私も宮本さんと同じで、外国映画は字幕で観ることが多いのですが、日本語吹替版で観ると、字幕を追いかけて観ていたときとは違い、役者さんの表情もよく見えるし、スクリーンに映し出されるさまざまな世界が目や耳から入ってきて面白いと思いました。挑戦してよかったです。

映画『真実』のお仕事で監督が得たものはなんでしょうか?

是枝監督
優秀な人は、どのような環境でも優秀だということですね。今回、フランス人など海外のキャスト、スタッフと仕事しましたが、例えばドヌーヴさんは撮影が進むうちに、僕の言葉を通訳へ介さなくても「私、日本語がわかるようになった気がする」と言って、演出の意図をくみ取ってくれるようになりました。他のスタッフも同じです。監督が求めるものを感覚的に理解できるようになっていく。言葉を使わなくても、共有できるものがあるのがわかったことが、今回の仕事の収穫だと思います。

新しいこと、好きなことを追い求めることが人生を豊かにする

最後にキネヅカの読者はシニア世代で、人生の楽しみ方を模索している人が多いのですが、是枝監督と宮本さんには、人生を豊かに生きるためのアドバイスを。宮﨑さんには、若い世代から見て、素敵だなと思うシニアの人はどのような人かを教えてください。

是枝監督
カトリーヌ・ドヌーヴさんは常に新しいものを追い求めています。とても幅広く映画を観ていて、アジアの映画にも詳しく、会うといつも自分が観た新作映画の話をしてくれます。彼女がまったく古びることなく、いまでも第一線の女優でいられる理由は、常に新しいことを追い求め、新しい世界を恐れないからだと思います。常に恋もしているしね(笑)。彼女は決して立ち止まらない人なんです。

宮本
疲れないのかしら(笑)

是枝監督
きっと好きなことをしているから疲れないんですよ。

宮本
確かに好きなことをするのが一番いいと思います。好きなことがないのなら、見つけることから始めてみるのはどうかしら。それを続けることで人生は豊かになると思います。

宮﨑
私の母のことなのですが、とにかく何事にも興味が尽きない人で、とても楽しそうなんです。監督がドヌーヴさんのお話をされていましたが、確かに好奇心が旺盛で、何事にも興味を持つことが若さに繋がると思います。旅行とか習い事とか、いろんなことにアンテナをはっていくと楽しい毎日が送れるのではないでしょうか。

映画『真実』は、是枝監督にとっては初のフランス作品、宮本信子さんと宮﨑あおいさんにとっては初の洋画の吹き替えという、3人にとっての挑戦作でした。お話を聞いていると、さまざまな発見と思いがつまった実に濃い時間を過ごされたことがわかります。ぜひ劇場で是枝監督、宮本信子さん、宮﨑あおいさんの挑戦をご覧ください。

是枝裕和(これえだ・ひろかず)
1962年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加し、2014年に独立して、西川美和監督らと制作者集団「分福」を立ち上げる。映画監督デビューは1995年『幻の光』。この作品でヴェネチア国際映画祭金のオゼッラ賞を受賞。2004年『誰も知らない』で主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞。2018年『万引き家族』がカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールほか、国内外で多くの映画賞を受賞した。ほかの作品に『そして父になる』『海街diary』『海よりもまだ深く』『三度目の殺人』など。
宮本信子(みやもと・のぶこ)
1945年、北海道生まれ。1963年文学座付属演劇研究所、1964年劇団青芸在籍時に『三日月の影』で初舞台。1972年よりフリーになり、伊丹十三氏と結婚。1984年映画『お葬式』以降、伊丹監督の全作品に出演。1988年『マルサの女』でシカゴ国際映画祭最優秀主演女優賞、日本アカデミー最優秀主演女優賞ほか、多数の映画賞を受賞。他の出演作に『眉山』(2007年)NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年)、「ひよっこ」(2017年)など。またジャズ歌手としても活動している。
宮﨑あおい(みやざき・あおい)
1985年、東京都生まれ。子役やモデルとして活動後、2001年初主演映画『害虫』でナント三大陸映画祭コンペティション部門主演女優賞、2002年『EUREKA』では高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞した。映画、ドラマで活躍しており、他の出演作に『NANA-ナナ-』(2005年)『少年メリケンサック』(2009年)『神様のカルテ』(2011年)『天地明察』(2012年)『舟を編む』(2013年)『怒り』(2016年)。ドラマではNHK連続テレビ小説「純情きらり」(2006年)。NHK大河ドラマ「篤姫」(2008年)、NHK「眩~北斎の娘~」(2017年)など多数出演。

映画『真実』

映画『真実』ポスター

公開日
2019年10月11日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

スタッフ・キャスト
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク、リュディヴィーヌ・サニエ、クレモンティーヌ・グルニエ、マノン・クラヴェル、アラン・リボル、クリスチャン・クラエ、ロジェ・ヴァン・オール
日本語吹替版:宮本信子、宮﨑あおい、佐々木みゆ

©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

取材・文=斎藤 香
写真=鳥羽 剛
写真提供=Photo L. Champoussin © 3B-分福-Mi Movies-France 3 Cinéma
衣装協力= クチーナ(ルッカ)
宮本信子さん(スタイリスト:Junko Ishida/ヘアメイク:Mitsukura Kaoru)
宮﨑あおいさん(スタイリスト:MAKIKO FUJII/ヘアメイク:AKEMI NAKANO)

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