「老いって思春期に似ていると思うんです」 話題の本『はじめての老い』の著者、伊藤ガビンさんの老化論

ゲーム・エンタメからアート界まで多岐にわたって活躍する人気編集者・伊藤ガビンさん(63)が上梓した『はじめての老い』が話題だ。
シニア世代と呼ばれるようになった伊藤さんが、老眼や歯茎が痩せるといった“老いあるある”の当事者となり、「眉毛が伸びはじめる」などの想定外の変化にとまどう。さらに年齢とともにリアルに直面する「自動車運転免許証返納の時期」「老害と呼ばれる問題」、そして死と対峙する。初めて迎える“老い”を硬軟織り交ぜながら解剖してゆくエッセイ集なのだ。
誰しもが避けて通れない「老い」の道に足を踏み入れ、高齢者と呼ばれる目前にまできている伊藤さん。人生の白秋期をどのように過ごしてゆくのか、お話を伺った。

- 伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授1963年 神奈川県生まれ。現在は京都に在住し、京都精華大学「メディア表現学部」にて研究・指導している。学生時代にアスキーが発行するパソコン誌『LOGiN』にライター/編集者として参加。1993年に仲間たちと「ボストーク社」を起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またグラフィックデザイナー、アートディレクターのいすたえことデザインチーム「NNNNY」を組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。個人としては2019年「あいちトリエンナーレ」や2021年「東京ビエンナーレ」などにインスタレーション作品を発表するほか、現代美術家としても活動。編著書に『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。近年のテーマには自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。
老いは思春期に似ている
伊藤ガビンさんは現在63歳だそうで、シニア世代になって、身体の変化はありますか。
伊藤ガビン(以降、伊藤)
足だけじゃなく、いろんな部位が「つる」ようになりましたね。これには、びっくりしました。そこも「つる」んだ! って。
もうすぐWHO(世界保健機関)が定義する高齢者となります。いま、どのような気持ちですか。
伊藤
老いているのに前期高齢者にも含まれない年齢。この状況はすごく「思春期」に似ていますね。18歳って成人ではあるけれども、お酒は飲めないじゃないですか。だから「大人なのか子どもなのか、どっちやねん」っていうモヤモヤした感情が湧いてくる。63歳の自分もまた、大人でも子どもでもない思春期に似た、おじさんとおじいさんとの間“あわい(ぼんやりした状態)”のなかにいるんじゃないかな。
中途半端でモヤモヤしますが、じゃあ65歳になって「あなたは今日から前期高齢者です。老人です」というレッテルをバチーンと貼られて嬉しいかどうかは、まだわからないですが。
私も先ごろ還暦を迎え、「思春期に似ている」というお答えに膝を打ちたい気持ちになりました。シニア世代って人生2度目の思春期なのかもしれないですね。
伊藤
「老い」によって、自分が望んでいない予期せぬ身体の変化が起きて意識も変わっちゃう。その点もすごく思春期に似ている気がするんですよね。中学生の頃、第2次性徴で脇の下やちんちんに毛が生えてきて、とまどったでしょう。それが「ハゲてきた」「異様におしっこが近くなった」に変わっただけで、あの頃と同じように感じるんです。
確かに私も近ごろ声が出にくくなってきたのですが、ある意味、中学生時代の「声変わり」と同じですね。
伊藤
中学生の頃といえば、第2次性徴とともに性欲なんかが芽生えてきたのがちょっとイヤでしたね。「小学生の頃は男女を意識せずに無邪気に友達のままでいられたのに」って悲しい気分になったりして。小学生の時代を懐かしむ感覚、あれは“中学生なりの老い”だったのかもしれないですね。そういう点でも思春期と老いは似ているなって。
中学生でそんなことを思っていたのですか。ませていますね。
伊藤
「自分ではどうしようもない変化が訪れたときに、その変化をどう受け入れて、どうしたら面白がって生きていけるか」というようなことは、中学生の頃には考えていたのかもしれないですね。
カードゲームから除外されていく世代
『はじめての老い』のなかで老眼について言及された部分があります。電子書籍は、たとえ文字を拡大しても「ボケたでかい文字を読む、という行為に他ならない」といった部分は身につまされました。老眼の症状が出たのは、いつからですか。
伊藤
老眼になった時期は、けっこう早いんです。30代後半にはもう老眼になる兆候があってね。それが自分にとって「老い」を自覚するはじまりでもありました。そして視力の衰えが「あ、毎日更新されてるぞ」って感じで、どんどん見えなくなってきて。50代後半にはもうはっきり「老眼です」という感じになったんです。
日ごろ、老眼を意識してしまうのはどんな時ですか。
伊藤
子どもと遊んでいるときによく感じます。うちは子どもがまだ小さくてね。小学校3年生なんです。僕が白髪なので、だいたい孫と間違われますが(苦笑)。それできのう、子どもと二人でポケモンカードゲームをやってたんです。もうね、文字がぜんぜん読めない。ポケモンカードはとても見やすいように工夫されているんですが、それでも小さくて読めないですね。
遊戯王のカードはさらに細かくてね。文字がまるで見えない。「どうすんだよ。ゲームできないじゃん」って、焦ります。そしてこのときはっきり「自分はカードゲームから除外されていく世代なんだ」と認識したんです。とはいえカードゲームは子どもと遊ぶツールなのでやめるわけにはいかない。だから、ルーペを買いましたよ。
お子さんとの年齢差が大きいと、よりいっそう老いを感じる瞬間が増えるのではないですか。
伊藤
ありますね。きのうは子どもとポケモンカードゲームだけじゃなく、キャッチボールもしたんです。するとね、やっぱりしんどいわけですよ。小3の体力に付きあうのは、なかなか酷です。でも「これくらいやると、これくらいしんどいんだ」って、わかる。子どもとのキャッチボールで自分の現在の体力がわかるので、自分のためになっていると思います。
そういえば子どもが今年、スキーデビューしたんです。僕も子どもに付き添って20年ぶりくらいに雪山へ行ったんですが、ゲレンデがほんっと怖くて。「これ、もしも足を折ったら、もう治らんな」って内心はおびえていました。でも、僕が子どもとスキーへ行けるなんてせいぜい70歳まででしょう。もしも僕がこの世から旅立ったとき、子どもが「雪山、懐かしいな」と思ってくれたら、それでいいやという気持ちになりましたね。そういう感情は、これまでなかったです。
老いとは既得権益が剥がされていくこと
この本を読んでもっとも衝撃を受けたのは、筋力が落ちたことで自分のなかに内包されていたマチズモ(男性優位主義)に気がつく、というくだりです。「私の心にも古いままアップデートできていない固定観念がきっとある」と思いました。
伊藤
きっかけは、右手の筋力がひどく落ちて、瓶の蓋を開けられなくなったときです。瓶の蓋が開けられないことよりも、それにショックを受けた自分に驚いたんですね。家族の中で一番の力持ちというポジションにまだ執着があるんだって気がついて。それは筋力の低下よりもショックでしたね。
そして「老いること」って、既得権益を 1枚ずつ剥がされていく、要するにちょっとずつ弱者になっていく体験なんだなってわかった。わからされたというか。そんなふうに、はじめての老いを書くために自分自身を観察してゆくなかで、気がつく点は多かったです。
男性の老人がレジの若い女性を罵倒している姿を見るケースが少なくないですが、既得権益を剥がされて弱者になっていく過程に耐えられないからなのかもしれないですね。
伊藤
僕自身もきっと「よくないおじさん」の部分はたくさんあるわけですよね。気がついていないだけでね。自分の老いを観察し続けてもきっとわからないんだけど、それなりにやっていくしかないんでしょうね。
星飛雄馬がきっかけ左利きになる練習を始める
筋力が落ちた右手はその後、どうなりましたか。
伊藤
右手はもう完全にポンコツです。だから、左利きになる練習を始めてみたんです。字はあえて左手で書いたりして。右手のコンディションはZ級で傷だらけのポンコツだとすると、左手はまだ使用頻度が低いBマイナスの中古品っていう段階なので。
シニア世代になってから左利きに転向するって斬新ですね。
伊藤
いや、できないと思うんですけど、急に左利きになったら、おもしろくないですか?
ヒントは『巨人の星』にありました。星飛雄馬がピッチャーをやめたあと、バッターに転向するじゃないですか。あれを見たとき、すごいびっくりしたんです。「それ、いけんのか」って。あの驚いた日のことを思い出したんです。それで「左利きになったら面白いかも」と。
腕の不調をはじめとして、身体の変化から見えてきたものはありますか。
伊藤
「ああ、街ってこんなにバリアフリーじゃないんだ」って可視化されたところはあります。「新宿駅って、こんなにめんどくさかったのか」とかね。
学びが多いし、気づきは楽しいけれど、半面「いや、楽しんでる場合とちゃうぞ」「都市のデザインをもうちょっと真剣に考えないと」という気持ちもあります。そういう危険な点にいちいち気がつくようになりましたね。そこが見えてきたのも、老いの影響ですよね。
60代だからこそ書ける老いのリアル
上梓された『はじめての老い』はnoteに投稿した原稿をまとめたものだそうですが、なぜ、老いについて書こうと思われたのですか。
伊藤
はじめは老いについて書くつもりはなく、デザインについて文章を書き始めていたのですが、大学で「メディア表現」を教えていて、言わば本職に近い。なので、あまりいい加減なこと書けない。裏付けをしっかりとると時間がいくらあっても足りなくて、行き詰まった背景がありました。
それで、「どうしよう」と思ったときに、「老い」については、素人なりに書けることがあるぞと思ったんですね。老いだったら自分のことなんで、取材が要らない(笑)。老いは放っておいても、向こうからやってきますからね。
誰しもが迎える老いの「はじめて」の部分に焦点を絞った読みものって、他にないですものね。
伊藤
80代の人からしてみたら「60代の若造が老いについて書くだと?」と不快になるかもしれないですよね。前期高齢者にもなっていないので、初心者もいいところなわけです。でも、実際には60代前半の僕の日常にも「老い」が溢れているわけで、そこは書いてもいいんじゃないかと開き直ったんです。完全な高齢者にはなりきれていない僕が参戦する意味もあるのかなと。
そして、この時期に感じていることって、70代80代になったら忘れちゃうと思うんですね。だから「この時期の出来事や考えたことをちゃんと書き残しておきたい」という気持ちはありました。
私も還暦を迎えたのとほぼ同時に父が他界しまして「60代、けっこういろいろクるぞ!」と心積もりをしました。
伊藤
60を過ぎるとリアルすぎることがたびたび起きますよね。実は本に書いていないこともたくさんあってね。たて続けに母が死んで、父が死んで、そして猫が死んだんです。でも重い話だし、自分でもそれについて書くのがしんどくてね。
猫はこの本にも「同居猫」として登場しますね。まさか亡くなっていたとは……。
伊藤
ある日、突然です。さっきまで2階へ上り下りしていたのに急に足元で眠るように息を引き取りました。家の中では僕と「おじさんどうし」という関係で、仲間という感覚だったので、寂しかったですね。妻が猫の葬儀の準備を淡々と進めているのに、自分はおろおろするばかり。いまだに彼が食べていたエサを捨てられないでいるんです。
そうだったのですか。60代って、さまざまな別れが一気にやってくる世代なのかもしれないですね。なおさら、伊藤さんが書いておられる記録は貴重です。
「美しく老いる」という呪い
多くの中高年は「どう老いるべきか」という課題を抱えています。伊藤さんはどのようにお考えですか。
伊藤
これから「できなくなること」がどんどん増えていく。それはもう間違いないです。でも「身体のここが衰えたから、別のやり方でやってみる」「心の制御が効かなくなったら、こういう方法で回避する」みたいな発見があって、老いるなかでも楽しめるところはあるのかもしれないですね。
でも、だからって「美しく老いる」みたいなポジティブシンキングも、しんどいですよね。それって「美しくなければならない呪い」でもある。
確かに、老いをポジティブに捉えること自体が無理している気がします。
伊藤
老いって、もうちょっと「しょうがないもの」じゃないかな。ポジティブに、っていうより「まぁ、なんとか生きていきましょうや」っていうぐらいのもの。生きてるだけで上等という気持ちでいる方が豊かだと思うんです。
伊藤さんの老いに関する考察がこうして『はじめての老い』として一冊にまとまりましたが、今後も老いについて研究しますか。
伊藤
研究しているつもりはないですが、老いはとまらないので付き合っていくしかないですよね。付き合っていくからには発見がある。いま「はじめての老い season2」を書き始めているんです。第2章として興味があるのは“抗い編”。1冊目は「老いは、こういうふうな感じでやってくる」と完全に受容していたのですが、“抗い”に興味がでてきました。
筋力もね、「老いてからでも鍛えれば、まだまだ伸びるぞ」って話をよく耳にするじゃないですか。それなのでゴムで指先の筋力を増やすマシンなどいろいろ買って、実際に試しているんです。本当に筋力がつくのか、老いに抗えているのかはわからないけれど。でも、うまくいってもいかなくても、そこに発見がありますよね。それは個人的にエンタメだったりします。
筆者も昨年10月に還暦を迎えた。右も左もわからない、はじめての60代、はじめてのシニア世代に足を踏み入れ、はじめての手術もした。そんな心もとない状態で出会ったのが伊藤ガビンさんの新刊『はじめての老い』だ。以来、不安になるたびに杖にすがる気持ちで拝読している。
伊藤さんの「衰えてきたら、他のやり方で回避する方法を発見できる。その楽しみはある」という言葉に、明日を生きる力をもらえた。そして、伊藤さんの柔和な笑顔とともに、おじいさんになる恐さもずいぶんと和らいだ取材だった。うっそうと生い茂る老いの森へ分け入る勇気が湧いてきたのである。
『はじめての老い』伊藤ガビン(著)/P-VINE


- 著者:伊藤ガビン
- 出版社:Pヴァイン
- 発売日:2025/3/18
- 価格:1,980円(税込)
還暦を過ぎて見えてきた景色は発見の連続だった。
伊藤ガビンが、年齢とともに変化する身体と心をつぶさに発見しながら綴った新感覚のエッセイ集。人生100年時代。老い道”に踏み入れようとしている現役世代におくる、令和版「老い」の入門書。これを読めば未知なる「老い」への予習は完璧だ。今日も元気に老いていこう!
https://anywherestore.p-vine.jp/products/isbn-511597
伊藤ガビン
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