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アルツハイマー病専門医の新井平伊先生に聞く!【後編】 認知症を予防し、脳寿命を延ばす方法

2019年に順天堂大学を定年退職し、東京・丸の内に開業した「アルツクリニック東京」の院長に就任した新井平伊先生。認知症の中でも60~70%を占めるというアルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学の専門家だ。
インタビュー後編では、認知症の発症と進行を遅らせる具体的な方法について、最先端の研究をもとに語っていただくことにしよう。新井先生の話を聞けば、認知症が必ずしも恐れるべき病気ではないことがわかるはずだ。

前編記事はこちら→アルツハイマー病専門医の新井平伊先生に聞く!【前編】 認知症は「予防」できるのか?

新井平伊(あらい・へいい)
1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年よりアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。
アルツクリニック東京
目次

認知症を早期発見し、
発症と進行を遅らせる「健脳ドック」

アルツクリニック東京で行っている「健脳ドック」は、すでに多くの医療機関で行われている「脳ドック」とどう違うのでしょう?

新井
よく耳にする「脳ドック」の多くはMRI検査によるもので、脳梗塞やくも膜下出血などの脳血管疾患の発症リスクを診断しますが、認知症に関しては、4大認知症のひとつである「血管性認知症」の早期発見には有効ですが、他の認知症については発症間近でしか診断できません。

ちなみに、4大認知症の中でもっとも多いのがアルツハイマー病に由来する「アルツハイマー型認知症」で、60~70%を占めます。次が「血管性認知症」と「レビー小体型認知症」で10~15%。そして「前頭側頭型認知症」が5%という割合になります。

アルツクリニック東京で行っている「健脳ドック」は、脳に沈着しているアミロイドβをダイレクトに検査するアミロイドPETを中心に、MRI検査と血液検査、認知機能検査を行い、アルツハイマー病の早期発見を目指しています。また、同時にFDG-PET検査も行って、がんの早期発見にもつとめています。

まだ健康なときや、初期の段階でアミロイドβの沈着を見つけることができれば、そこから先の二次予防や三次予防、すなわち発症と進行を遅らせる策を講じることができるわけです。

唯一の泣き所は、高額な費用がかかること

検査は予約制で、待つことなく半日で終わるそうですね。ただ、費用が60万円と高額なのが気になります。

新井
そこが「健脳ドック」の唯一の泣き所と言えますね。

病気を治す治療行為とは別の「ドック」と名がつくものは皆同じですが、健康保険が適用されず、「健脳ドック」に関して言えば、アミロイドPETに使う高額な検査薬などの費用すべてが自己負担になってしまうのです。

新井
もちろん、アミロイドPET検査がアルツハイマー病の診断と治療に役立つことを広め、保険適用を可能にしたいと考えていますが、クリニック開設後の2年間で症例が100例に満たない状態なのでエビデンスが不足し、まだ保険適用申請をする段階に至っていないのです。

他の医療機関のデータを借りてきて、申請資料に用いることはできないのですか?

新井
アミロイドPET検査は、大学病院や公立の大きな病院での臨床研究に参加すれば受けられることもありますが、気軽に受けられる施設は、実は日本ではまだ10カ所未満しかありません。しかも、その中で認知症専門医が担当し、検査後の対策と治療を包括的に行っているのは今のところ、私のクリニックだけだと思っています。

日本国内での保険適用申請では、外国人のデータでは認められないこともありますし、「アミロイドPET検査がアルツハイマー病の診断と治療に役立つ」ことを証明するには、まだまだデータが足りないのです。

ちなみに、脳が健康的な状態から認知症に至る間に、医学的には2つの段階があります。

新井
アミロイドPET検査の有効性を証明するには、健常者のデータ、SCDの人のデータ、MCIの人のデータ、そしてアルツハイマー病の人のデータを比較しなければなりませんので、もっとたくさんのデータを集めなければならないのです。

要注意! 糖尿病、高血圧、
脂質異常症は認知症に直結する病気

「健脳ドック」でアミロイドβの沈着が確認され、SCD(主観的認知機能低下)、ないしはMCI(軽度認知障害)と診断された人は、具体的にどのようにして発症や進行を遅らせるのでしょう?

新井
SCDやMCIから認知症レベルに移行する前であれば、元の状態に回復させることは可能ですし、アルツハイマー病の病変がある人でも、進行を遅らせることはできます。

ただし、「これさえやれば大丈夫」という、確実なひとつの方法があるわけではなく、「身体全体の老化」、「脳の血管や神経細胞の老化」、「メンタルの老化」など、脳に悪い影響を及ぼす因子を突き止め、ひとつずつ減らしていく必要があります。

認知症の因子はひとつではなく、たくさんあるのですね?

新井
その通りです。例えば、認知症に直結する病気として、まず第一に挙げられるのが糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病です。

糖尿病は、インシュリンの欠乏や作用阻害によって血液中のブドウ糖が多すぎる状態になって血管を傷つける病気です。
高血圧は、血圧が慢性的に上昇することで動脈硬化を進めます。血管の壁が厚く硬くなり、弾力を失って傷つきやすくなるのです。
脂質異常症も、動脈硬化の原因になります。血液中のコレステロールや中性脂肪が血管の壁を傷つけ、過剰な脂質が溜まってしまうのです。

糖尿病、高血圧、脂質異常症、いずれの病気も血管を老化させる病気で、これによって脳の血管の老化も進みますので認知症の発症リスクは高くなります。すでにかかっていれば適切に治療すべきですし、かからないように予防しておくことが重要です。

最新の研究でわかった
歯周病と認知症との意外な関係

生活習慣病の他には、どんな因子がありますか?

新井
ものを食べるときの咀嚼力と認知症に関係があることは、よく知られています。

ただ、「ニワトリが先か? タマゴが先か?」の議論に似て、よく噛んで食べることが認知症の予防につながるのか、あるいは認知症がなくて健康だからよく噛んで食べられるのか、どちらなのかはわかっていません。

興味深いのは、最近の九州大学の研究によって、歯周病の発症にもっとも関連が深いとされている3種の菌のひとつ、歯茎にあるジンジバリス菌が、脳内のアミロイドβの生産に関与していることがわかったことです。

また、松本歯科大学と国立長寿医療研究センターによる最近の研究では、マウスの口腔内にジンジバリス菌を投与したところ、認知機能が著しく低下し、アルツハイマー病の病態も悪化したという結果が出ています。

さらに、歯周病は糖尿病を悪化させることもわかっていますから、歯周病を治療することは、「歯周病→糖尿病→認知症」という負のスパイラルを断つことにもつながるわけです。

もし、もっと研究が進んでジンジバリス菌が認知症の発症に深く関わるということが確定すれば、胃がんにおけるヘリコバクター・ピロリ菌のように除菌治療に使えるようになるかもしれません。

飲酒が脳に与えるダメージが大きいのは
一度に飲む量ではなく、毎日飲む習慣

喫煙や飲酒も、脳に悪い影響を与える因子なんですね?

新井
かつてニコチンは、脳の神経細胞を刺激するからアルツハイマー病のリスクを下げると言われていた時代がありましたが、今に至るまで医学的なエビデンスは得られていません。むしろ、タバコに含まれるニコチンなどの有害物質は血管を傷つけ、高血圧などの生活習慣病を悪化させる原因になります。

では、飲酒はどうかというと、さまざまな研究でタバコ以上に悪影響が大きいことがわかってきました。

例えば、アルコールは神経伝達物質であるアセチルコリンの働きを低下されることがわかっています。アセチルコリンは記憶機能に関係する神経伝達物質ですから、その代謝にアルコールが悪影響を与えて記憶系を障害するという結果が出ています。ニコチンの影響は間接的だけれども、アルコールの影響は直接的に影響するのです。

適度なお酒は身体にいいものだと思っていましたが、意外です。

新井
米国で行われた約1万人の大規模研究では、酒を飲む60歳と飲まない60歳の脳の萎縮度合いが調べられましたが、その結果、萎縮が少ないのは次の順になりました。

  1. 酒を飲まない60歳の人
  2. 少量だけ飲む60歳の人
  3. 大量に飲んでいたがやめた60歳の人
  4. 大量に飲んでいる60歳の人

脳へのダメージが大きいのは、一度に飲む量よりも、毎日飲む習慣です。
私は外来で、毎日飲酒する習慣があって、SCD(主観的認知機能低下)やMCI(軽度認知障害)の兆候のある方にはこんな話をします。

「物忘れを自覚するようになったら節酒、できれば断酒が望ましいですね。今の段階で思いきることができれば、まだ認知症の手前ですから回復が望めます。これは、『人生を取るか、酒を取るか』という選択です。どちらを選ぶかで、10年後の状態は天と地ほどに変わりますよ」と。

聴覚の低下は「メンタルの老化」に直結する

先生の著書『脳寿命を延ばす』(文春新書)は、最新の研究結果をふまえた内容になっているのが特徴ですが、「聴覚の低下を改善することは、脳の活動にとって極めて大事」との指摘には目が開かれる思いでした。

新井
2017年12月の医学雑誌『ランセット』に掲載された論文なんですが、年代ごとに、どんな要因が認知症の発症リスクを高めるかを分析した結果が述べられていました。

すると、45~65歳までの中年期の人たちの発症リスクの中で、「高血圧」が2%、「肥満」が0.8%だったのに対して、「難聴」が9.1%と突出していたのです。

五感のうち、人間が生きる上で重要なのは触覚、味覚、嗅覚よりも、視覚と聴覚です。なぜなら人間は、社会性を持ち、他者とのコミュニケーションを発達させて進化してきた生物だからです。その際、視覚は一次的な情報になりますが、聴覚はコミュニケーションに直結する感覚器官です。

聴覚が悪くなると会話に支障が生じ、コミュニケーションが楽しくなくなるばかりか、人に関わるのが面倒になり、何事にも引っ込み思案になります。すると、本人が気づいていないうちに行動範囲が狭くなり、運動不足や意欲の衰えにもつながっていきます。

生活習慣病と飲酒は「身体全体の老化」や「脳の血管や神経細胞の老化」とダイレクトにつながりますが、聴覚の低下は脳に与える刺激を減らすだけでなく、人間の社会生活を制限して孤独感を深め、「メンタルの老化」をもたらすのです。

ただ、聴力障害については、医療がかなり進んでいます。手術で聴覚を取り戻せるケースもあるし、骨伝導を利用した優れた補聴器も開発されています。
重要なのは、認知機能が落ちる前に適切な処置をして、対人コミュニケーションと社会性を維持するということです。

脳は「人を人たらしめている臓器」

認知症がこれほど多様な因子を持つのは、やはり人間の脳が複雑にできているからなんでしょうね?

新井
おっしゃる通りです。

認知症の研究をすればするほど思い知らされるのは、脳があらゆる臓器の中で「人を人たらしめている臓器」だということです。

心臓や肝臓などの病気については、動物実験が可能です。
ところが、脳にかかわる病気、すなわちアルツハイマー病やうつ病、統合失調症は満足な動物実験ができません。なぜなら、これらの病気は脳の大脳皮質に由来しますが、人間のように発達した大脳皮質を持っている動物はいないからです。
人間の喜怒哀楽が豊かなのも、目標を立てたり、計画を練ったり、論理的な判断を下せるのも、高度に発達した大脳皮質のおかげです。

人間の大脳皮質が、地球上に生きる動物の中でもっとも発達しているが故に生じるジレンマですね。

新井
もうひとつ、脳の病気と他の病気との大きく違っているポイントは、症状の程度を数字で表すことができないということです。

糖尿病なら「ヘモグロビンa1c」、脂質異常症なら「コレステロール値」のように平均値をとることができないのです。感情や気分や思考などについては、どこまでが正常で、どこからが異常かということは、「社会的な機能を果たせているかどうか」というあいまいな価値基準を当てはめていくしかありません。

ただ、脳の病気はむずかしいからこそ、興味深い対象だと言えると思います。現在、神経細胞1個1個の働きや脳内の地図は少しずつ解明されていますが、まだわかっているのは全体の10%から20%に過ぎないと私は考えています。

ということは今後、それまでの常識を覆すような驚くべき研究成果が次々と登場してくるのは間違いないでしょう。その中で私自身は、「アルツハイマー病の早期発見」というライフワークに向けて、さらに研究を続けていきたいと思っています。

「意欲」を持つことこそ、
脳の機能を維持する最大の秘訣

最後に読者に向けて「元気に年をとるコツ」について、アドバイスしていただけませんか?

新井
身体の筋肉を鍛えると、太く強くなるのと同じように、脳の代謝機能とネットワークをよく働かせることによって、脳の神経も機能を維持することができます。筋肉と異なるのは、腕立て伏せとか腹筋のように、局部に絞るようなトレーニングができないことです。

そのときの重要なポイントになるのは、自分自身の「意欲」です。好奇心を働かせて、何事にも貪欲に取り組もうとする「意欲」こそ、脳の機能を維持する最大の秘訣です。

そのことは私自身、クリニックにいらっしゃる患者さんたちに日々、教わっています。80歳を過ぎても「毎日1万歩歩いています」とおっしゃる方もいれば、90歳を過ぎても自分の足でしっかりと歩いている方もいます。
そうした方々に共通するのは、何事にも意欲的で前向きだということです。
ですから、私にとって外来は学びの場であり、患者さんと接するのがとても楽しいです。

前編のインタビューで「いつ医師になったか?」という要素が専門分野を決めるというお話をしましたね。日本が超高齢化社会になった時代にアルツハイマー病の専門クリニックを開業できたということは、医師としてとても幸運なことだったと思っています。

ところで、先生はアルツハイマー病の専門家ですから、自身がアルツハイマー病にかかる確率は低いのではありませんか?

新井
とんでもない。「医師の晩年は、自分が研究していた病気にかかる」なんて話もあるくらいで、むしろ確率は高いと言えるのではないでしょうか。

私の恩師の飯塚禮二先生も、晩年は専門分野であるパーキンソン病にかかりましたし、「長谷川式認知症スケール」を作成した長谷川和夫先生も89歳のときに認知症にかかったことを公表されましたね。

もし、私がアルツハイマー病になったとしたら、それまで医療設備を使って観察したり、患者さんと接することで見てきたアルツハイマー病を自らの心と身体を通して体験することになります。ある意味でそれは本望、と言えるかもしれませんね。

興味深いお話、ありがとうございました。

好評発売中!
新井平伊・著 『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』

新井平伊・著『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』書影
  • 著者:新井平伊
  • 出版社:文春新書
  • 発売日:2020年12月17日
  • 定価:880円(税込)

脳の健康のために何かやっていますか?
肝臓の数値を気にしたり、血圧を毎日測る人がいても、脳の健康状態を意識している人は少ないはずです。脳は身体の中でももっとも大切な臓器であるのに。
近年、身体の寿命ははどんどんのびているのに、脳の寿命はのびていません。このアンバランスをどうにかしたい、ということで本書は書かれました。
著者の新井氏は順天堂大学名誉教授で、同大医学部でアルツハイマーに治療に専心してきた、脳の専門医です。脳の働きについてはまだ20%ほどしかわかっていないと言います。それほど謎の臓器なのです。
本書では、まず、その脳の謎から説き起こし、なぜ、脳が老化するかについて解説します。
その後に、本題である「脳の健康寿命」をいかにしてのばすかを詳述していきます。そのためにどうすれば良いのかを、「18の心得」としてまとめました。
「お酒はタバコよりも脳に害をなす」とか、「認知症に聞く食べ物はない」とか、けっこうショッキングな項目もありますが、ほとんどは普通の事柄です。要は、それを実行できるかどうです。
その実践編では、運動はどのようにやれば効果的であったり、睡眠と脳の関係に関しても触れます。ゲーム(トランプ、麻雀、将棋、囲碁)なども脳には良いのですが、「脳トレ」はあまり効果がないそうです。
最後に、「脳に良い食事」、「サプリメントは効くのか?」について話して、終わります。
人生が100年までの射程に入ってきたいま、これは必読の書です。

文春新書『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』新井平伊

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取材・文=内藤孝宏(ボブ内藤)
撮影=宮沢豪

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