父を超えて舞台へ!大鶴義丹が語る、演劇人生の原点【前編】

小説家、俳優、映画監督、タレントとして多彩な活躍をしている大鶴義丹さんが黒澤明の名作を舞台化した『醉いどれ天使』に出演する。2025年11月7日(金)から12月14日(日)まで、東京・明治座、愛知・御園座、大阪・新歌舞伎座と全国規模で上演される大舞台だ。
今回は、この作品への思いを語っていただくとともに、俳優になったいきさつ、偉大な演劇人である父、唐十郎さんへの思いまで、いろいろな話を聞いてみた。
ジャンルを越えてさまざまな表現をしている彼の魂の源泉とは、何なのか?
記事は前編と後編に分けて公開します。

- 大鶴義丹(おおつる・ぎたん)
1968年東京都生まれ。学生時代に俳優としてデビュー。1990年『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し、小説家、作家としても活躍。1995年『となりのボブ・マーリィ』で映画監督としての活動も開始する。30代後半からは舞台出演に力を入れ、2024年には年間10本の作品に出演した。2025年11月7日からは黒澤明の名作『醉いどれ天使』の舞台版に出演。注目を浴びている。
家のなかが稽古場だった。
俳優としての俺の原点
お父さんが状況劇場の座長の唐十郎さん、お母さんがその看板女優の李麗仙さんという家庭環境はやはり、義丹さんの人生に大きな影響を及ぼしていますよね?
大鶴
そりゃ、当然ですよ。なにしろ家のなかに稽古場がありましたからね。アングラ演劇の怪しげな大人たちがしょっちゅう出入りしていて、「ここはフツーの家じゃないぞ」ってことには、かなり早い段階で気づいていました。
俳優としてデビューしたのは16歳のとき、父が脚本を書いた『安寿子の靴』(1984)というNHKのドラマだったんですが、父と同じ道に進むことに抵抗感はなくて、むしろ「演じることで親父を超えてやろう」という野心のようなものがありました。
『安寿子の靴』は、唐十郎さんの独特な世界観が生かされた名作ドラマです。初めての演技に何か手応えを感じられたのですか?
大鶴
うまくできたとは言えないけど、「役者は向いてないな」と思うほどではありませんでした。状況劇場の公演は何度も観ていたし、それが映像の世界でどう変わっていくのかを見ることができたのは貴重な体験でした。演出家やカメラマンや共演者が大勢いるなか、自分がひとつの歯車として何をすべきかということも理解することもできました。
その後、義丹さんは映画『首都高速トライアル』で主演し、映像の世界で活躍することになりますが、状況劇場の公演に参加することはありませんでした。なぜでしょう?
大鶴
だって、父は状況劇場の座長なんだから、劇団員になってしまったら父を超えられないでしょ? 一種の反抗です。
確かに唐十郎さんはアングラ演劇の始祖的な存在ですから、同じ土俵で勝負しても歯がたたないのは当たり前かもしれません。
大鶴
だから、僕が本格的に舞台に向き合えるようになったのは、2012年に父が転倒して脳挫傷の大ケガを負い、なかば現役を退いてからのことです。
タイミングもよかったんです。状況劇場の劇団員だった金守珍(きむ・すじん)さんが立ち上げた新宿梁山泊で父の作品を上演することになり、『ジャガーの眼』では父が演じた主役の探偵・田口に僕を抜擢してくれたんです。
父の作品を、演劇を、
自分の体で受け継ぐということ
『ジャガーの眼』に出演するにあたって、プレッシャーはありましたか?
大鶴
ない、と言えば嘘になります。というのも、『ジャガーの眼』は父にとっても思い入れのある作品であるはずだったから。
父が座長をつとめた状況劇場は1988年、旗揚げから21年目で解散することになったのですが、その原因のひとつが看板女優だった母、李麗仙と意見が合わなくなったことだったんです。
『ジャガーの眼』はその兆しが現れたころにできた作品で、母を主役にすることはできないからと、父本人が主役になってストーリーを動かしていくような形の芝居になっているんです。
初演当時、父は45歳。そして、新宿梁山泊での何度目かの再演で僕が父と同じ役を演じたときの年齢は46歳。なんだか運命的なものを感じました。
もちろん、「できるのかな」という不安はありましたけど、それを跳ねのけて舞台に立つ決心ができたのは正直なところ、そのころ、すでに父がケガのリハビリに専念していて、表舞台から遠ざかっていたことが大きかったのかもしれません。
新宿梁山泊の金守珍さんは、そのような裏事情も考えて義丹さんをキャスティングしたのかもしれませんね?
大鶴
そうかもしれません。金さんには本当に、感謝しかありません。実際、『ジャガーの眼』の舞台に立ったことは、僕にお客さんの目の前で演じる演劇という表現形式に真剣に向き合うきっかけを与えてくれましたから。
実は、こういうことって、演劇という芸能の世界で起こった特殊な話ではなくて、世間のあらゆる場で普通に起こっていることだと思うんですよ。
例えば、寿司屋に生まれた息子が「親父を超えたい」と反発して親父と離れたところで修業するんだけど、父親の病気をきっかけに「家業を支えたい」と一念発起して実家に戻る、みたいにね。
失うものがあるから、得るものもある。
それが人生だ!
初演時と同じく、新宿の花園神社でのテント公演で行われた『ジャガーの眼』は大成功し、その後に上演された、唐十郎作の『二都物語』、『新二都物語』でも義丹さんは主役をつとめました。
大鶴
金さんにさらに感謝しなくてはならないのは、『ジャガーの眼』の初出演からちょうど10年後の2024年、今度は上演会場を赤坂サカスの特設テントに移し、再び僕を主役の探偵・田口に起用してくださったことです。
しかも、このときは演劇界で権威のある紀伊国屋演劇賞の「団体賞」というありがたい賞もいただくことができました。
『ジャガーの眼』の探偵、田口を初めて演じたのが46歳のとき、再演時は56歳だった義丹さんですが、そのふたつの公演を比べてご本人はどう思いますか?
大鶴
2014年の公演はビデオとして記録されていて、それを見直したとき、「50代になった今の自分にはできないだろうな」という部分がいくつかあるんですよ。もちろん、「50代になったからこそ、表現できたこと」もある。
そう考えてみると面白いですね。役者というのは普通、年をとれば表現の幅は広がっていくと言われているけど、その反面、若かったころに表現できたことを失ったことにもなるわけです。
「何かを失って、何かを得る」。それの繰り返しが「人生」なのかなぁ、なんて思っています。
40代、50代と出演してきた『ジャガーの眼』には、60代になってからも参加できる機会があれば、是非とも参加したいと思いますね。
年間10本!「3度の飯より芝居」
を貫いた1年
ところで、2024年という年は、義丹さんが1年間で10本という驚異的なペースで舞台に立った年でもあります。どんないきさつでそうなったんですか?
大鶴
まず、2024年は父が亡くなった年であるということが大きいんでしょう。父が生前、よく言っていたのが「俺は3度の飯を食うように芝居をやっていたい」ということでした。
稽古がある日はもちろん、本番の幕があく日は本当に機嫌よく、「じゃあ、行ってくるよ」と満面の笑みを浮かべて劇場に出かけて行った姿が印象的でした。
父がそれだけ愛した演劇の舞台がどんなものなのか、自分の目で、体で味わってみたいという思いがあったんです。
で、「3度の飯のように芝居に出る」ことを実践して、何が見えましたか?
大鶴
ひとつ、はっきりと言えるのは、「演劇の世界では唐十郎にかなわない」ということ。それだけ父は、演劇人としてあまりに偉大な人だった。
こんなこと、父が生きているうちは口が裂けても言えないことだったけど、初めてそれを言える自分を発見したことが何よりのことでした。
10年越しで出会った
『醉いどれ天使』の大舞台
さて、義丹さんは2025年には5本目となる舞台『醉いどれ天使』に出演します。どんなお芝居なんですか?
大鶴
『醉いどれ天使』という題名を聞いて、黒澤明監督の傑作映画を思い浮かべる人は多いでしょう。
実はこの作品が1948年に公開されて半年後、ほぼ同じキャストとスタッフが集結して舞台作品として上演されたという記録が残っているんです。ただ、舞台用に書かれた台本はその後、発見されずに埋もれていたんですが、近年、偶然に発見されて日の目を見たんです。
これを蓬莱竜太さんが現代風にアレンジして上演したのが2021年版の舞台で、今回は演出家に深作健太さんを迎えての再演なんです。
敗戦後の荒廃した東京を舞台に、闇市の顔役のヤクザ・松永と、ぶっきらぼうな人情派の医師・真田の交流を描く群像劇です。僕は、松永の兄貴分のヤクザで、物語が進むにつれて松永と敵対することになる岡田という役を演じます。ラスト、10分間におよぶ大立ちまわりが大きな見どころになっています。
舞台のチラシやパンフレットには、出演者の名前が主役を先頭にしてズラリと並んでいますが、義丹さんは一番最後の「トメ」と言われる大物俳優の位置にクレジットされていますね?
大鶴
これほど大規模な公演で、「トメ」になったのは初めてのことで、とても光栄に思っています。
たぶん、40代だったら呼んでもらえなかったであろう、大きな役です。この位置に立つまで10年かかったんだなと思うと身が引き締まる思いです。
主人公の敵役ということで、どんな風に演じようと思っていますか?
大鶴
最初に台本を読んで連想したのが『スター・ウォーズ』のルークとダースベイダーでした。親子という関係にありながらも、ダークサイドに落ちてジェダイの騎士のルークと対峙するダースベイダーが、弟分のヤクザ松永と対立する岡田の立場と重なるものがあるように思えてね。
かつて、父に反発しながら俳優の道に入った僕は、ルークの立場に近いんだけど、作品を通じてそれとは反対の世界からの目線を体験できるのではないかとワクワクしています。是非とも劇場に来て、その世界観にひたってください。
興味深いお話、ありがとうございます。後編のインタビューでは作家、小説家としての義丹さん、プライベートでの素顔の義丹さんの姿に迫ってみたいと思います。
舞台公演『醉いどれ天使』

黒澤明と三船敏郎が初めてタッグを組んだ
伝説の作品『醉いどれ天使』が、今秋、舞台となって蘇る。
脚本を担当するのは、2021年の令和版の初演と同じく蓬莱竜太。演出は、深作健太。三船が演じた闇市を支配する若いやくざ・松永は6年ぶりの主演舞台となる北山宏光が挑む。
そして、松永を見守る酒好きで毒舌な貧乏医師・真田を渡辺大、刑務所からの出所後、松永と対峙することになる兄貴分のやくざ、岡田を大鶴義丹が演じる。
戦後の混沌とした時代を背景に、不器用ながらも人間味あふれる登場人物たちが現代に生きる我々に問う、衝撃の話題作に乞うご期待!
- 【東京公演】 明治座
2025年11月7日(金)~23日(日) - 【愛知公演】 御園座
2025年11月28日(金)~30日(日) - 【大阪公演】 新歌舞伎座
2025年12月5日(金)~14日(日)
公式ホームページ
https://www.yoidoretenshi-stage.jp/
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