かっこよい人

“推し活”が元気の源。佃煮処『千草屋』店主に聞く人生の楽しみかた

“推し活”は素晴らしい。アイドル、俳優、タレント、歌手。その人がいるだけで、人生が輝き始める。

演歌歌手・辰巳ゆうと氏のライブを見に行くために、毎日“朝練”という名のウォーキングに勤しんでいると語るのは、浅草の佃煮屋『千草屋』の店主・草間千恵子さんだ。

千恵子さんは、推し活をするかたわら、90年以上の時間を浅草で過ごし、その商人魂で激動の時代を生き抜いてきた。

“働く喜び”と“楽しむ喜び”。今回は、人生を謳歌する秘訣ついて千恵子さんの歴史から紐解いていきたい。

草間千恵子
1929年に浅草で生まれ現在94歳。洗い張り屋、呉服屋を経て、現在佃煮屋の『千草屋』を営む。
嫁と孫の3世代で店を運営し、YouTubeやInstagramなどで人気のおばあちゃんとして活躍する。趣味は外食と推し活。いま推しているのは演歌歌手の辰巳ゆうと氏。
目次

時代を見据え、2度の起業を決断

草間さんの子ども時代について、お伺いさせてください。

千恵子
私は10人兄弟の4番目として生まれました。3歳から米とぎをしているような子でしたね。姉が2人いたんですが、芸者をやっていたおばあさんに憧れて姉は芸事の道に進みました。でも私はそういう世界はあまり好きではなくて、体を使って働いている方が合っていたんです。兄弟のなかでも、1番無骨な子だったと思います。

浅草に住んでどのくらい経つのでしょうか?

千恵子
もう90年以上経ちますね。このあたりも昔に比べてずいぶん様変わりしました。お店の裏にあるのが『千束(せんぞく)通り』という商店街なのですが、昔は活気のある通りだったんですよ。

 観音さまがいるあたりにはたくさん人がいるのですが、『千草屋』は駅から少し離れているので、ここまで人は流れてこないですね。それでも、うち以外に長年残っているお店がいくつかあるんですよ。喫茶店の『デンキヤホール』、『甘味処山口屋本店』、居酒屋の『ナカジマ』なんかは古いですね。歴史がある貴重なお店です。

『千草屋』ができるまでの経緯について、教えてください。

千恵子
最初、ここは“洗い張り屋”だったんです。

“洗い張り屋”とは、どういったお店でしょうか?

千恵子
いまの若い人で知っている人は少ないかもしれませんが、クリーニング屋のようなものですね。お客さまから着物を預かって、それを解いて洗って、針を通して張り直すお店です。「伸子張り(しんしばり)」という、針を70本くらい使って張り直す方法で洗っていました。“ふのり”という糊を煮て、薄めて、糊付けをするんです。そうすると生地にツヤが出るんですよ。そして仕立て屋さんに持っていくというのが、“洗い張り屋”のお仕事です。

その時代ならではの仕事ですね。

千恵子
洗い張り屋は25、6年続けていました。吉原が赤線になってお客さんが減っていたお店もあったんですが、うちはあまり影響がなかったですね。それでも、着物を着る人も減ってきて、洗い張り屋だけじゃやっていけなくなると感じたんです。ですから、24歳のときに洗い張り屋から呉服屋へ、少しずつ店を変えていきました。

時代に合わせて、お店を変えていったのですね。

千恵子
19歳で結婚をして洗い張り屋で働き、24歳で呉服屋を開きました。年に1回、自宅の2階で展示会を開いて、お客さんに着物を販売していました。それから50年近く呉服屋を続けていたんですが、またそれもこのままじゃ続けられなくなると感じたんです。洗い張り屋のときと同じですね。先見の明じゃないですけど、時代の波に気づくのは早い方なんです。

インターネットを通して広がるおばあちゃんの魅力

洗い張り屋、呉服屋を経て、佃煮屋である『千草屋』が誕生したんですね。

千恵子
私が70歳の誕生日を迎えたときに、お店を佃煮屋に変えると宣言したんです。年齢もあったし、50年続けていた呉服屋を辞めるんですからね。それは親戚や周りに反対されましたよ。

70歳でお店を変えるとは、大きな決断ですね。どうして佃煮屋だったのでしょうか?

千恵子
呉服屋の時代に、お客さんの手土産として葉唐辛子の佃煮をつくってお渡ししていたんです。それがおいしいと評判だったので、これでいこうと決めました。当時交流があった民謡の先生がいるんですけど、佃煮屋を立ち上げたときはその先生に支えられましたね。新年会でうちの葉唐辛子を使ってくれたんです。

洗い張り屋、呉服屋、佃煮屋と長年商売を続ける草間さんにとって、“働く楽しさ”とはなんですか?

千恵子
お客さんが、「おばあちゃんに元気をもらいにきました」って言って、会いにきてくれることですね。私は別に元気はないんですよ(笑)。お医者さんもびっくりするくらい、体のいろんなところが病気になっているんですけど、そのお客さんの言葉が効いてるんですかね。

 このあいだも、修学旅行に来た学生が、わざわざ自由時間を使って来てくれたんです。「おばあちゃんに頼まれたから」って。あれは嬉しかったですね……。いつも店頭に立っているわけじゃないけど、常連さんやそういった遠方から来てくださった方が見えたら、店頭に立ちますよ。最近は、インターネットで知ってくださった方も来てくれるんです。

InstagramやYouTubeなど、『千草屋』はSNSでも注目されていますよね。

草間麻咲子(以下麻咲子)
SNS関連は、孫である私が担当しています。YouTubeを開設したのは2022年なんですけど、本格的に投稿をし始めたのは2023年の5月ごろですね。最初はInstagramを中心に投稿していたんですけど、いまはYouTubeをメインに動画投稿をしています。

YouTubeではどんな動画が人気なんですか?

麻咲子
おばあちゃんがご飯を食べている動画が人気ですね。銀座や喫茶店に行ったときのVlogも、たくさんの人が見てくださっています。おばあちゃんはYouTubeのことはあまりよくわかっていないみたいで、BS放送みたいなものだと認識してるみたいですね(笑)。

千恵子
自分が画面に写っているのを見ると、なんだが笑っちゃいますね(笑)。

なるほど(笑)。チャンネルを見てもわかるとおり、草間さんはいろんなところで外食を楽しんでいるんですね。

千恵子
食べることが大好きなんです。とくに意識はしていないんですが、「あーおいしい」っていう雰囲気が、顔に出ているみたいです。それが見ている人にも伝わるんですかね。

とくに何を食べに行くのが好きなのですか?

千恵子
チーズ、グラタン、中華のような味がしっかりしているものが好きですね。生粋の江戸っ子なんで、味の濃いものが好きなんですよ。外食は大好きです。体のことを考えると本当は薄味のものを食べるべきなんでしょうけど……。味のないものが1番参っちゃいます(笑)。好きなものを食べるのと食べないのでは、人生の満足度が違いますからね!

推し活の相手はまさかの“初恋の人”?

草間さんは“推し活”もされているんですよね?

千恵子
演歌歌手の辰巳ゆうとさんを、6年前からずっと応援しています。知ったきっかけは、コロナの自粛期間中に放送されていた音楽番組です。イベントに行くようになってから、好きになりましたね。

好きになったきっかけはあるのでしょうか?

千恵子
実は初恋の人にそっくりなんです。昔、進駐軍のメイドとして働いてた時期があったんですけど、そのときに出会った人にそっくりなんですよ。だから私にとっては特別な存在なんです。その人とは結婚まで考えたんですけど、辰巳ゆうとさんを見たときはそのころの気持ちが戻ったような気分でした。90歳を過ぎてこんな出会いがあるとは思いませんでしたね(笑)。

それは素敵な話ですね。

千恵子
夢を追いかけるのは本当にいいですね。私の元気の源です。

麻咲子
おばあちゃんは、意外と飽きやすいんですよ(笑)。推している人もわりとすぐ変わっていたんですけど、ここまでひとりの人を応援し続けることはなかなかないので驚いていますね。

千恵子
でも追いかけるのも大変なんですよね。レコード店の『音のヨーロー堂』というお店が浅草にあるんですけど、そこは階段があるので、イベントがあるときはその階段を登らないと会えないんです。

麻咲子
そのために“朝練”って言って、毎朝コンビニまで歩いて行ってるんですよ。そのかいあって、少しずつ歩ける距離も伸びているんです。

推し活がトレーニングまでつながるとは……。すごくいい作用ですね。

千恵子
朝練は、あさちゃんにいつもついてきてもらっています。ありがたいですよね。推し活もそうですが、こうしてこの歳でお店に立たせてくれるのは家族の理解があるからです。

草間さんは、人生をとても楽しく生きているのが伝わってきます。

千恵子
幸せですね。お客さんに会うときは、こうしてつかまりながらお店に立つんですけど、普通だったら家族に「おばあちゃんいいから」って気をつかわれて、立たせてもらえないじゃないですか。でもいまもこうしてお店に立てているのは、家族が応援してくれるからです。

 お店の商品も、まだ新しいものがつくれるんじゃないかと思っています。外食に行ったときに、「この組み合わせが合うんじゃないかな」と考えながら食べたりしているんですよ。同じものだけだとマンネリしちゃいますからね。時代は回りますから。また何か新しいものが回ってくるんじゃないかと思っています。

おわりに

2度の起業をこなし、推し活に勤しみ、アクティブに外食もする。草間さんは、誰よりもエネルギーに満ち溢れた日常を送っている。さらに現状にとどまらず、これからやってくる新たな時代の波を楽しみにしているようだ。

決して生き抜くのが楽な時代ではなかっただろう。そのぶん、草間さんはいまの人生を全力で楽しんでいるように感じた。

はたして自分は、草間さんのように好きなものを全力で享受しているだろうか?

楽しいことはまだまだあるはずなのに、自分はその楽しさを見落としているのではないかと、草間さんの人生をお伺いしながら感じた。これからは、まだ見つけてない楽しさを求めて、好きなものをもっと追求しようと思う。人生を豊かにするためのヒントを、草間さんに教えてもらったような気がした。

佃煮処 千草屋

住所
〒111-0032
東京都台東区浅草5丁目60-3

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取材・文=はるまきもえ

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