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映画『ねことじいちゃん』の岩合光昭監督インタビュー「猫が幸せな世界は、人も幸せになれると信じています」

世界的に有名な動物写真家であり、NHK-BSプレミアムで放送中の「岩合光昭の世界ネコ歩き」も好評の岩合光昭さんが、ねこまきさん(ミューズワーク)の同名人気コミックの映画化『ねことじいちゃん』で映画監督デビューをしました。落語家の立川志の輔さんを主演に迎えて描いた岩合監督の世界とは……。映画監督の仕事、作品、猫、人生……。岩合監督に様々なお話を伺いました。

目次

物語

2年前に妻(田中裕子)に先立たれ、飼い猫のタマ(ベーコン)と暮らす元教師の大吉(立川志の輔)の日課は、タマとの散歩と妻が遺したレシピで料理をすること。島でカフェを営む美智子(柴咲コウ)に料理を教わったり、友人の巌(小林薫)たちとのんびりとした交流を持ったりという幸福な時間を送っていました。

しかし、高齢化が進む島では、老人同士のもめごとや体調を崩す者も増えてきて、大吉も体調に不安を感じるようになり……。

猫好きの人のために、全シーンに猫が出てくる映画に挑戦

写真やドキュメンタリーの世界でリアルを追求してきた岩合さんが「映画を撮ろう」と思ったきっかけについて教えてください。

岩合光昭(以下、岩合)
ねこまきさんの原作コミック『ねことじいちゃん』は以前に読んだことがあり、とてもいい話だと思っていましたし、舞台となる愛知県三河湾の佐久島も撮影で2回訪れたことがあり、とても好きな場所だったのです。

映画の仕事は初めてですから、少し考える時間をいただいたんですが、佐久島の集落にある黒壁を大吉さんとタマが歩いている情景が浮かび「人の物語とともに猫の物語が軸になった、僕にしか撮れない映画を作りたい」と思ったのです。

岩合監督が映画で描く新たな世界に期待しているファンも多いと思いますが、初めてのフィクションの演出はどこにポイントを置いたのでしょうか?

岩合
僕の写真やドキュメンタリーのファンの方たちの期待にどう応えるかと考えたとき、僕が監督をするのなら、やはり猫だろうと考えました。映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観に行ったとき、フレディ・マーキュリーが猫に餌をあげるシーンから、僕の頭は猫でいっぱいになり、フレディがどこかへ飛んで行ってしまったんです(笑)。僕は猫が出てくると気持ちが猫に持って行かれちゃうんですよ(笑)。

そんな僕のような猫好きが喜ぶ映画とは何だろうと考えたとき、それは全シーンに猫が出てくる映画ではないかと考えたのです。

岩合監督、立川志の輔さんに熱烈オファー

俳優さんの演出はどのようにされたのでしょうか?

岩合
本当に素晴らしい俳優さんたちに出演していただきました。みなさん猫好きな方ばかりで良かったです。演出については、まず最初の本読みのときに「これは猫の映画です」ということと、猫は俳優のような演技はできませんから「猫待ちもあります」ということを伝え、ご理解いただきました。俳優の皆さんは役作りをして撮影に入ってくださったので、あとは皆さんの演技力に託しました。

でも撮影当初、美智子役の柴咲コウさんから「監督は猫しか見ていないでしょう。人間も見てくださいね」と言われてしまいました。図星です(笑)。俳優の皆さんは猫の様子に合わせてアドリブも交えて演じてくださったので、本当に助かりました。

岩合監督も本作が監督デビューですが、立川志の輔さんも本作が俳優デビュー作。岩合監督が熱烈オファーをされたそうですね。

岩合
志の輔さんとは以前、食事をしたことがあり、そのときの話し方から「学究肌の方」という印象があったのです。大吉は元教師ですから「この役は志の輔さんしかいない」と思い、依頼させていただきました。

最初は「大役なので軽い気持ちで受けることはできない」とお断りされたんです。でも何度かお話をする機会を得て、最終的には「志の輔さんに出演していただけなかったら、僕はこの映画を撮りません」とお伝えしました(笑)。そうした末に「私にできることであれば」とお引き受けいただいたのです。落語という言葉の世界で生きて来た方なので、撮影現場でも脚本に的確なアドバイスをいただいたり、意見を交換しあったりして、シーンを作っていくことができました。

志の輔さんは映画初出演とは思えないほど自然な演技でした。

岩合
最初の試写会のとき、終了後に大吉の親友・巌を演じた小林薫さんが志の輔さんに駆け寄り、「師匠、よかった。何も心配することはないですよ」と声をかけていたのです。あのときの薫さんの言葉は忘れられません。志の輔さんも救われた気持ちだったのではないでしょうか。

タマを熱演したベーコンはオーディションで一目ぼれ!

猫のタマも名演でした。オーディションで選ばれたそうですね。

岩合
本名はベーコンです。ベーコンは素晴らしい性格で、僕が出会った猫の中でもトップ3に入りますね。ものに動じないし、人懐っこいんですよ。オーディションのとき、ベーコンは部屋に入るなり、壁際に立っていた20名くらいのスタッフひとりひとりの足元に挨拶するように巡ったんです。その姿が可愛くてスタッフの間から黄色い声が上がりました。

そのあと志の輔さんと一緒に歩いてもらったんですが、歩きながら2回くらい志の輔さんの顔を見上げたんです。そのとき僕はベーコンに「それ本番でお願いします!」と叫んでいました(笑)。

ベーコンにタマの演技をさせるのは難しかったのでしょうか?

岩合
僕は猫に命令はしないので、ひたすらお願いをしました。できるだけ猫にストレスを与えないように、アニマルコーディネーターの菊田さんと相談しながら、無理強いはせず、猫から動いてもらうことがベストだと心掛けて撮影していました。

大変だったのは刺身を食べるシーン。ベーコンは動物プロダクションの猫なので、キャットフードしか食べないし、そもそも魚に興味を示さないんですよ。だから練習をすることにしました。猫は動くものに興味を抱くので、生きた魚がハネるところを見させたら、魚に触るようになったんです。そのあと魚の匂いも覚えさせて、少しずつ食べられるようにして……。まさにベーコンがタマになる瞬間でしたね。

タマ役のベーコンも取材場所に来てくれました

猫が居心地のいい場所は人間も居心地のいい場所

この映画は、地方の過疎化や高齢者問題なども物語のベースにあり、大吉さん含め、高齢者の方々の本音も描かれています。幸せとは何なのかと考えさせられますが、岩合監督は、どうお考えでしょうか?

岩合
暮らすということを考えたとき、猫は暑さ寒さに敏感なので、自身が気持ち良く、居心地の良い場所にいます。人間の中にも、そういった動物的な側面があることを猫は気づかせてくれます。

彼らを見ていると、形や表面的なものではなく、人が本当に居心地のいい場所、生き方とは何かを感じることができるのではと思うのです。猫が幸せな世界は人も幸せになれると信じています。

今回、映画監督を経験されて得たこと、変化がありましたら教えてください。

岩合
映画作りは大変だということがよくわかりました(笑)。でも多くの人がひとつの映画を作り上げていく努力と集中力はすごいと思います。そしていいシーンが撮れたとき、スタッフと俳優の気持ちがひとつになる、あの瞬間はいいですね。映画作りの魅力にハマるとはこういうことかと、映画人の気持ちが見えました。

この映画の仕事をして以来、プライベートで映画を見ると、ときどき「僕だったらこう撮影する」と考えるようになりましたね。職業病なのかもしれません(笑)。

でもときどき、そういう考えが入る余地もないくらい作品の世界に没頭できる映画があります。そういう映画が素晴らしい作品、いい映画なのだと思います。

ベーコンを見る岩合監督の優しい瞳が印象的でした

キネヅカの読者は50代以上も多く、定年退職後の人生の在り方などに迷ったり、悩んだりしている人も多いのですが、そういう人に向けたメッセージをいただけますか?

岩合
難しいですけど、やっぱり自分が本当にしたいことをするのがいいと思います。もう好きなことを見つけていらっしゃると思うので、そのことを出来るかぎり大切にして。僕もそうですが、残された時間を楽しく過ごせるように、自分に合っていると思うことをやってみる。ぜひ前向きに取り組んで、人生を大切に楽しんでください。

岩合光昭(『ねことじいちゃん』監督)
1950年、東京都出身。父であり、動物写真家の岩合徳光のアシスタントをきっかけに大学在学中より、写真家の道へ。世界中の野生動物や大自然、また身近な犬や猫を撮り続けている。「海からの手紙」(79/アサヒグラフ掲載・81/朝日新聞社刊行)で第5回木村伊兵衛写真賞を受賞。82年~84年までアフリカ・タンザニアで撮影した写真集「おきて」(86/小学館)は全世界で20万部を超えるロングセラーになった。世界各地のネコを撮影したドキュメンタリー番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK-BSプレミアム)も人気がある。

映画「ねことじいちゃん」

映画『ねことじいちゃん』ポスター

公開日
2019年2月22日(金) 猫の日全国ロードショー

スタッフ・キャスト
監督:岩合光昭
原作:ねこまき
出演:立川志の輔、柴咲コウ、小林薫、田中裕子、柄本佑、銀粉蝶、山中崇、葉山奨之
配給:クロックワークス

© 2018「ねことじいちゃん」制作委員会

取材・文=斎藤 香
写真=鳥羽 剛
写真提供=© 2018「ねことじいちゃん」製作委員会

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