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『銀の卵』を活かす日本一の高齢者雇用企業・株式会社 加藤製作所 加藤景司社長インタビュー

「意欲のある人、求めます。ただし60歳以上」
このセリフから始まる募集チラシがきっかけで、多数の高齢者が活き活きと働ける職場へと変化した企業があります。岐阜県中津川市で、明治21年(1888)から長きにわたり鉄工関係の製作をされてきた株式会社加藤製作所は、社員100数名のうち約半数が60歳以上の、日本一の高齢者雇用企業です。バブル経済が崩壊したのち国内の経済が低迷していた頃に、売り上げ向上につながる解決策として考えた雇用形態は、60歳以上のみ募集するというとてもユニークなものでした。なぜこのような雇用形態を考えたのか、また職場環境にはどのような変化があったのか、大変だったことは、それにより得たものはなど、聞いてみたいことが次々に浮かんできます。現在も試行錯誤しながら誰もが働きやすい職場をつくり続けている加藤景司(かとうけいじ)社長に、これまでの経緯をインタビューしました。

目次

中小企業のシニア雇用を勧める加藤社長。そのワケは?

『意欲のある人、求めます。ただし60歳以上』(PHP研究所)というユニークなタイトルの本が 加藤社長の著書にありますね。拝読しましたが、とても興味深い内容でした。この本を書くに至った経緯を教えてください。

加藤
私ども製造業は、工場を稼働し機械を動かして、はじめて売り上げにつながります。売り上げ向上のために土日を稼働できないか、と考えていたところ、中津川には働く場所を探している元気な60歳以上の方がたくさんいる、という現実を知りました。思い切って“意欲のある人、求めます。ただし60歳以上”という文句で、新聞に募集の折込みチラシを入れたところ、100名近い応募があったのです。全員を採用することはできませんでしたので、経歴を重視するのではなく、人柄、明るさ、笑顔の良さで13名の方を採用しました。
社内には本当にできるのかと疑問の声もたくさんありましたが、まずはやってみようとシルバー社員2名に対して、正社員の指導者を1名つける形でスタートしました。現在は社員数100数名のうちの約半数が60歳以上のシルバー社員です。

著書『「意欲のある人、求めます。ただし60歳以上」日本一の高齢者雇用企業・加藤製作所、躍進の秘密』

シルバー社員で勤続年数の長い方はどれくらいの期間お勤めになっているのですか。

加藤
もともとうちで働いていて、継続雇用でそのままずっとという方も大勢いますので、勤続50年なんて方が数名います。シルバー雇用で新しく採用した人のうち、シルバー第一世代と言いますか、スタート時に来ていただいた方たちは70代後半になり、ほぼ退職されました。今の第二世代の方は平均で勤続10年くらいになると思います。

シニアで製造業がはじめての方では仕事を覚えるのが大変だと思いますが、その辺の工夫はどうされていますか。

加藤
最初のうちはシルバー社員の皆さんからの声や要望を吸い上げて、例えば何個作ったらブザーが鳴るというような装置をつけたり、作業手順書をすべて写真入りにして誰が見てもわかるようにしたりといった工夫をたくさんしました。何より正社員が受け入れに対して大変な協力をしてくれたことがありがたかったです。最初のうちは同じことを繰り返して教えなければならないなど、の不満があったようですが、徐々にお互いに認め合うような雰囲気が、シルバー雇用を続けるうちに職場に出てきたような気がします。

シルバー社員に来てもらってよかった事例を教えてください。

加藤
例えば改善提案です。製造業には改善がつきもの。常に創意工夫が求められます。
月に1回全社員に改善提案を出してもらうようにしていますが、シルバー社員は昔取った杵柄ではありませんが、作業用具をより使いやすくする工夫を、その辺にあるものでお金をかけずにできる人が多いです。味のある提案もたくさん出ますよ。

工場内のバリアフリーやユニバーサルデザインも考えておられるとか。

加藤
シルバー社員が働きやすい環境というのは、つまり誰にとっても働きやすい環境ということですよね。そういう目線で、少しずつですが工場内もあちこち整備して環境づくりをしています。

加藤社長から見て、日本の高齢者雇用の制度、それを支援する動きはどうでしょうか?

加藤
今のところ、多分に手厚いと思っています。うちもシルバー雇用を始めた当初、職場のバリアフリー化でいただいた助成金は大きなものでした。その後も、シルバー社員を採用することによる雇用保険からの助成金も毎年頂いています。
ただ、これから高齢者雇用が当たり前の時代になってくると、支援の動きも多少変わってくるのかもしれません。 2050年には65歳以上の人は2.5人にひとり、75歳の人が4人にひとりという超高齢化社会が待っています。既に団塊の世代の方が65歳を迎えましたので、そういった背景で見れば、もうシニアの方も働くのが当たり前の社会になっていきています。
ですが、働き方と受け入れ方という点で、それぞれ努力しなければいけないとは思います。若い働き手がどんどん少なくなっていく穴をどう埋めるのか。いろんな考え方はありますが、われわれ中小企業としては、やはり高齢者雇用が一番取り組みやすいように思います。ただ穴を埋めるという意識ではなく、高齢者の可能性を活かす仕事をつくり出すという意識も必要になるでしょう。
若い人と高齢者の違いは、知識と、特に経験です。それをお借りするという感覚でしょうか。そこにプラスアルファの教育をして新しいことに取り組んでもらうこともできますし、正社員がやっていた仕事をシルバー社員にお任せして、正社員には一段とレベルの高い仕事をしてもらうなど、工夫次第でやり方はさまざまあります。

元気になるシニア。そこにある日本独特の空気感

高齢者の可能性を活かす、というのはどういったことでしょう。

加藤
昔はほとんどの家族が3世代一緒に暮らしていました。家庭の中に、おじいちゃん、おばあちゃん、そして地域にはご隠居、長老などの知恵袋がいらっしゃいました。落語の世界ではありませんが、何かあった時には相談に行く存在であり、その知識や経験を活かしてきたわけです。
それは今後企業にとっても必要なことです。かつては家庭や地域でごく普通にやっていたことを、これからは企業の中で展開していくということです。

著書の中に、「加藤製作所ファミリー」という言葉が出てきましたが、そういった意識から生まれた言葉だったんですね。

加藤
特に中小企業にとって、何が一番大切かというと「人」です。大企業ももちろんそうですが、あちらは「人」の前に「組織」がありますよね。われわれにとっては、よい人材を如何に育てあげるかが最も重要な課題です。うちの会社も、ひとりひとりの顔が見えるサイズですので、社員というより「ファミリー」という意識で向き合っています。
経営は人・物・金と言いますが、実際、金、物はそう潤沢にあるわけではないので、今いる「人材」をいかに「人財」にしていくか、ということです。

御社のシルバー社員の働き方が変わってきたとお聞きしましたが。

加藤
はい、それは年金の受給開始年齢が大きく関わっています。以前は、皆さん年金がもらえる範囲での働き方を希望されました。孫にあげるちょっとしたお小遣いのために仕事をするというような。しかし、それでは今は、高齢者も働かなければ食べていけません。ですから最近はフルタイムのお勤めを希望される方が増えてきました。
人生90年時代に入りましたから、60歳であと30年。もう一回、一花、二花咲かせないといけなくなってきたのです。定年後の働き方を考えた時、自分の経験、知識、経歴をそのまま生かすこともいいですが、全く新しいことにチャレンジする、まったく新しい環境に飛び込む勇気を持っていただく事も大事ではないかと思います。

働くことによって、シルバー社員の方たちになにかしらの変化があるのでしょうか。

加藤
働くことによって元気になる、これは間違いないことです。多少具合の悪いところがあっても、それ以上悪くはならないというか、むしろよくなる人が圧倒的に多いのです。 働くということは、人間にとって非常に重要なことだと痛感しています。
リタイアされてはじめて感じることかもしれませんが、今日行くところがある、今日用があるというだけで、気持ちの持ちようはかなり違うと思います。 日本人のDNAには「人の役に立つ」ということが組み込まれている気がします。

若い人たちと話す。そして任せる。大切なことは「しくみづくり」

「人の役に立つ」というのは社長の哲学でもある、と。

加藤
そうですね。人の役に立ち、そして昨日より今日の自分が成長しているようにと今でも思っています。しかしながら自分の成長度は誰しも解りませんよね。スキルの部分はわかっても心の部分、人間的な成長は目に見えませんから。一番は心、スキルは後からいくらでもついてきます。
今日やる気になっても明日同じとは限りません。やる気の貯金はできませんから。ですから、社員の皆さんの気持ちをくりかえし、くりかえし、引き上げるような努力をし続ける仕組みづくりが重要です。
私自身がその“やる気”の姿勢を見せて引っ張り上げ、気持ちを伝えるということも大切にしています。
しかしながら最近では、部下や社員を信じて任せ、好きなようにやらせるというのが一番いい在りかたなんじゃないかと、少し考えが変わってきました。人は自分で考えて自分でやるという方がモチベーションは上がりますから。若い人たちを信じて任せる、これはとても大事です。関連会社にエレベーターの据え付けと保守をする会社があるのですが、こちらは事業所が県内外に8つあります。私がいつも行ける訳はないので、任せ切っています。任せ切ると社員が生き生きします。そして自然に数字がついてくるのです。社員の顔を見に行って、仕事終わりに全員で一杯飲むというようなことばかりしています。
しっかりした仕組みさえ作れば、こんな経営もできるのかな、と最近つくづく思います。

加藤社長のお話を聞いていると、経営者が自分を少し下げて、あるいは自分をちょっと捨てて、その分みなさんを高めていくという、先ほどの日本人のDNAに組み込まれていると言われた、人の役に立つ、人様のために、というスタンスを持ち続けているから、 高齢者の方たちも、気持ちにすっと入っていきやすかったのではないでしょうか。

加藤
確かにシルバー社員のみなさんを、単に休みの日に稼働させるための安価な労働力として見ていたら、ここまで続いていなかったかもしれません。 もちろん、結果として固定費を下げるという意味ではありがたい存在ですが、最初に求人広告を出したときに、その方たちが生きてきた歴史に尊敬の念を持ち、よきパートナーとして迎えたいという思いは根底にありました。
今では正社員の若い人も、この雇用形態を経験し、自分の会社はちょっとよそとは違う、と誇りを持つようになったようです。会社全体に良い影響があった、ということは間違いのないことだと思っています。

創意工夫で懸命にものづくりをする。シニアに尊敬の念を持ち、働くフィールドを提供し、社員のみなさん一丸となって共有する。
そこには働く喜びや、誇らしく楽しい笑顔が生まれます。加藤社長の話にはたくさんの学びがあり、心にひとつの種を与えてくれたような気がしました。

株式会社加藤製作所

住所
〒508-0011
岐阜県中津川市駒場447番地の5

電話番号
0573-65-4175

取材・写真=有村正一(株式会社budori)
文=木村千鶴

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