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案内役の資格は70歳以上であること!「歳をとる」をリアルに体感し自らの未来を考える「ダイアログ・ウィズ・タイム」とは?

「歳をとる」ということを、日頃からポジティブにとらえている人はどのくらいいるでしょうか?むしろ「あまり自覚したくない」と、ネガティブにとらえる人のほうが多いのではないでしょうか?
「ダイアログ・ウィズ・タイム」とは、70歳以上のアテンド(案内人)と、歳を重ねることについて考え、世代を超えて生き方について対話する体験型のエンターテイメントです。今回はそのイベントの体験レポートと、アテンドをつとめる80歳の「いずみさん」のお話をご紹介いたします。

目次

「歳をとる」ことは忌むべきことなのだろうか?

「最近物忘れが多くなった」「疲れやすくなった」「意欲がわかない」

こんな声をご自分の親御さんからよく聞くようになっていませんか? または自分自身がそう感じることが多くなってきていませんか?
仕事や子育てで忙しい日常をおくっていると、「親は当分元気にちがいない」や「自分の老後なんて考える余裕がない」などと、親や自分自身についての「老い」について考えることを、つい「先送り」にしてしまいがちです。

テレビをつければ「いつまでも健康で」「いつまでも美しく」「いつまでも若々しく」を謳った商品の宣伝であふれています。
歳をとって体の不自由が増えること、物の名前がスッと出にくくなること、いつのまにか背中が曲がり、顔にシワが増え「老人」に見えること、それらは「なりたくない」、「今はまだ考えたくない」ことなのでしょうか?

「ダイアログ・ウィズ・タイム」とは、90分という時間の中で、アテンドの高齢者に導かれていくつかの部屋を巡ります。そこでさまざまな「体験」をし、共に部屋を回ったメンバーとの「対話」を通して、「老い」に対する漠然とした不安に向き合い、自身の人生の幸福はなにかを再確認していくイベントです。

ではその内容をご紹介しましょう。

「ダイアログ・ウィズ・タイム」を体験する

少女の顔がだんだんと成長します

プログラムは、数人の参加者グループ(今回は7人)がひとりのアテンドに導かれる形で進められます。

最初の部屋では、ひとりの少女の顔が徐々に若い女性へと成長し、さらに中年の女性へ、そして老女へと変化する様子が3分ほどの動画で流れます。中年の頃にいったん表情が険しくなり、老年に入ってまた柔らかくなるのが印象に残りました。

動画が終わり、次の部屋へとつながる廊下の壁には、いくつかの「問い」が日本語と英語で書かれていました。

  • あなたは何歳?
  • 何歳に見られたい?
  • 何歳になると高齢になる?
  • 過去に時間を戻したいと思う?
老いに対する問いの数々、あなたはすぐに答えられますか?

ドキッとする質問を向けられてつい考えてしまい、先に進む足が止まる人も多くいました。そして部屋に入ると、そこには謎のアイテムがテーブルの上に置かれています。

ここから両足にウエイト(重り)を巻きます

これらは足に巻く約2kgの「重り」で、実際に巻くとかなり重いものです。80歳の男性アテンドであるいずみさんから「高齢になると筋力が衰える。高齢者が転んで怪我をしやすいのは、常にこれらの重りを身につけた状態だからです。」という説明がありました。

たしかにこれを足首に巻いて一歩踏み出すと、思うように足が上がらなくてつまずきそうになり「足腰が弱くなる」とはどういうことかがわかります。さらに視界がぼやけるゴーグルや耳鳴りのような音がするヘッドホンを装着しての加齢体験もあり、実際にこれらすべてを身に着けて街を歩いたらどれだけ危険だろうかと怖くなりました。

スロープや手すり、段差のあるミニコースで、加齢による体の変化を体感します

足首の重りを着けたまま進んだ次の部屋には大きなテーブルがあり、その上にはたくさんの写真が置かれていました。

写っているのはみな外国人の高齢者で、草原でのんびり読書をしている写真、水着でプールサイドにいる写真、勉強をしている写真、自転車に乗っている写真、キスをしている写真などなど。

たくさんの写真から自分の理想の老後イメージを探します
アテンド役のいずみさん

いずみさんが参加者に「将来自分がなりたい高齢者の姿」に近いイメージの写真を2枚選び、その理由を話してくださいと言います。

参加者同士は面識がなく年代もバラバラで、選んだ写真が2枚ともかぶっている人もいれば全く別の人もいました。普段他者と老後の話をする機会なんてあまりないので、それぞれの選んだ理由をとても興味深く聞くことができました。
その後はいずみさんから、自ら持ってきた2枚の写真を通しての自己紹介とこれまでの来歴のお話がありました。

次の部屋では、皆でレクリエーションを楽しみましょう! ということで、いずみさんが自作の「ダイアログのテーマソング」をひと節レクチャーしてくれたあと、さらに「どじょうすくい」を教えるのでみんなで踊りましょうという流れになります。

いずみさんから「どじょうすくい」の振り付けを習い、音楽を流してみんなで輪になって踊ります。なかなか楽しいけれど、足首に巻いた重りがだんだんとしんどい……と感じ始めた頃にちょっとした「事件」が起こります。

アテンドオリジナルのレクリエーションが楽しめます

その後の内容はこれからこのイベントを体験したい方のために書きませんが、続く部屋ごとに新しい展開があり、そこからいずみさんのナビゲーションを通して参加者同士の対話が生まれ、最後には自分(や親)が年老いていくことについて正面から向き合い考えるきっかけをそれぞれがつかんでいくのでした。
90分があっという間に終わりました。

80歳のアテンド・いずみさんのチャレンジと夢


イベント終了後、アテンドして下さったいずみさんにインタビューする時間をいただきました。

いずみさんプロフィール:本名 原田 泉さん。埼玉県にお住まいで現在80歳。2017年よりダイアログ・ウィズ・タイムのアテンドをつとめていらっしゃいます。

ダイアログ・ウィズ・タイムのアテンドになったきっかけを教えていただけますか?

いずみさん
私は3年前に癌を患いまして、それから「人間なにが起こるかわからないから、悔いのないよういろいろなことにチャレンジして人生を楽しもう!」と思うようになりました。
福祉関係の仕事をしている息子がダイアログの活動を知っていて、そこでこういう企画があり、アテンドというのを募集しているから応募してみたらどうか? と勧められたので、2017年のプレ開催の際に、説明会に行ったのです。

どんな説明会だったのでしょうか?

いずみさん
応募者はみな70歳以上でした。応募者の同伴者含め、他にもさまざまな年代の人がいて、彼らとグループをつくり、そこでテーマを決めてディスカッションをして最後に発表するという、説明会というよりワークショップのような内容でした。私と同じように子や配偶者から紹介されて応募した方が多く、皆こういう場に参加するのは初めてだと仰っていましたね。

アテンドへの採用が決まってから本番まではどのようなトレーニングがあるのでしょうか?

いずみさん
今年は本番直前を含めると10日間の研修がありました。研修では、自己紹介の時にどんなエピソードを話すのか、レクリエーションでなにをやるのかなどを自分で考えてつくっていきます。本番前には通し稽古もあるんですよ。

内容はアテンドに任されている部分が多いのですね。なにを話してなにをやるのか、なかなか「考えごたえ」がありそうですね。

いずみさん
はじめから決まっているグローバルのフォーマットとルールや時間の制約はありますが、ダイアログ・ウィズ・タイムはアテンドとの出会いによって参加者が生き方を考えてもらうことがテーマなので、アテンドひとりひとりの個性やストーリーが軸になります。

レクリエーションで私は「どじょうすくい」をやりましたが、基本的に何をやるのかはアテンドの個性にゆだねられているので、今年は頼まれていないけれどダイアログのテーマソングを作詞作曲しまして(笑)参加者の方と楽しみました。

作詞作曲! すごいですね。昔からやっているのですか?

いずみさん
いえ、作詞作曲をするようになったのは最近のことです。妻が大正琴を習っていて、私も78歳からはじめました。それがきっかけで毎年地元の町内会のテーマソングをつくるようになりました。ダイアログの活動を始めてからは地域とのつながりも意識するようになりましたね。

大正琴の「数符」を使って作詞作曲

ダイアログだけではなく、地域でも活躍の場が広がっているのですね。他にもチャレンジしたことはありますか?

いずみさん
はい、今年は「未知との対話」という1時間のドキュメンタリー番組にも出演させていただきました。タレントのベッキーさんと一緒に、視覚障害や聴覚障害のある方、外国人の方、車椅子の方、そして高齢者の私という、年齢も性別もバラバラの6人がコミュニケーションの方法を模索しながら対話を重ね、ひとつの絵を完成させるという内容でした。

そこで、目が見えなくても触って「花」だとわかるやわらかい紙を使ったり、車椅子に乗ったままでも無理な姿勢にならないよう、あらかじめ糊をのせたキャンパスに色のついた紙をうちわの風で飛ばして貼れるようにしたりなど、みんなでさまざまな工夫をして絵を仕上げました。

1泊2日の合宿で巨大な絵を完成させました(ダイアログ・イン・ザ・ダークのアテンド(視覚障害者)、ダイアログ・イン・サイレンス(聴覚障害者)とともに)

まさにダイバーシティですね。これからの時代は世代や属性が異なる人同士が、協力しあい共存していくスキルが必要になると言われていますが、いずみさんはどうお考えですか?

いずみさん
夏の参議院選挙で重度の障害者の方が2人当選しましたね。私は非常に驚き感激しました。これこそダイバーシティの実現への一歩かもしれません。

今度、私は聴覚障害のある方とも楽しめる音楽を作りたいと思っています。たとえば音は聞こえなくても太鼓を叩いた時の響きや振動なら伝わりますよね。どうやったら楽しんでもらえるかを考えて、みんなでつくっていきたいですね。

「歳をとる」ことで新しく生まれる可能性に気づく

いずみさんのお話の中には「みんなが楽しめるように」「みんなでつくって」という言葉が何回も出てきました。そしてその活動ができることを心から楽しんでいらっしゃるのが伝わりました。

私自身もこのイベントで「老いる」ということが身体的にどういうことか、社会的にどう扱われるということか、これらを疑似体験しながら「老いてもやりたいことがあるか」「自分の幸福の軸になるものはなにか」を考えるヒントを与えられたように思います。

最初の部屋に入る廊下にあった「何歳に見られたい?」などの直球な質問には、「年相応に見られれば良いです」など、聞かれた時の模範解答を胸に用意していましたが、本音は本当にそうだろうか? と今も自問自答しています。

しかし終わってみて「老い」はそんなに忌むべきものでも悲観するものでもなく、あるべき姿になるだけで、そこには自分次第で今と変わらぬ可能性があることに気づきました。

これまでにアテンドを何回も経験しているいずみさんでも、時々次の言葉に詰まったり順番を間違えそうになったりします。それはやはりお年のせいかもしれません。しかしそんなことは、イキイキとこの役割を楽しんでいらっしゃるいずみさんの個性のほんの一部でしかありません。

「ダイアログ・ウィズ・タイム」のアテンドの資格は「70歳以上」が条件となっていますが、アテンド自身の「今・老いている」姿と、「今・アテンドの役割を担っている」姿そのままが、このプログラムを通しての重要なメッセージであり、参加者への「問い」になるのですね。

たしかにこの役割は「高齢者」と呼ばれる方々にしか出来ないことだと思いました。

今後のダイアログ・ウィズ・タイム情報

2020年東京・浜松町にオープン予定の複合施設「ウォーターズ竹芝」に、今回ご紹介したダイアログ・ウィズ・タイムのほか、ダイアログ・イン・ザ・ダーク、サイレンスなど3つのソーシャルエンターテイメントが体験できる「ダイアログ・ミュージアム 対話の森が誕生します。

現在、ミュージアム設立に向け、クラウドファンディングにも挑戦しているそうです! またダイアログでは今後、アテンド養成も兼ねた「ダイアログ・アテンドスクール」も開校予定です。ご興味をもたれた方はぜひチェックしてください!

 

ダイアログ・ウィズ・タイム

 

歳を重ねることについて考えながら、
生き方について対話する体験型エンターテイメント

文=大関留美子
写真=深澤彩音

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。情報に誤りがあればご報告ください。
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