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「おばあちゃん」の編み物×最先端のバッグデザインで、シニアの雇用の輪を広げる|Beyond the reef(ビヨンドザリーフ)代表楠 佳英さんインタビュー

2018年夏、東急東横線日吉駅の近くに、手編みニットの上質さとデザイン性の高さで女性に人気のバッグブランド「Beyond the reef(ビヨンドザリーフ)」のアトリエ&店舗がオープンしました。
代表の楠 佳英(くすのき かえ)さん(写真一番右)、そして楠さんを支える「編み手」のシニアスタッフ、美智子さん(写真右から2番目)と昌子さん(写真右から3番目)にブランドを立ち上げたきっかけや、実店舗・アトリエという「場」を得て広がるみなさんの今後の夢についてお話を伺いました。

楠 佳英(くすのき かえ)
株式会社ビヨンドザリーフ代表取締役
1975年生まれ。現在も女性ファッション誌の編集者・ライターでありながら、2014年に義母と義妹の3人で編み物バッグブランド「Beyond the reef(ビヨンドザリーフ)」を立ち上げる。2015年12月に株式会社ビヨンドザリーフを設立。2016年12月にかわさき起業家大賞、2017年2月に横浜ビジネスグランプリ女性起業家大賞を受賞。
目次

きっかけはひとり暮らしになってしまった義理の母でした

ビヨンドザリーフはアパレルブランドですが、「シニアが自分の好きなことや得意なことで社会に参加し収入を得る仕組みを作る」というソーシャルビジネスを担った会社でもあると伺っています。まずはブランドを立ち上げたきっかけを教えていただけますか?

楠さん
今はネットでショップを開くことは誰にでもできます。私はファッション誌で編集とライターの仕事をしていましたが、周りでもそういうことは珍しくありませんでした。でも私の場合は「自分のブランドを作りたい!」という意識で始めたのではありません。結果的にいうとそれは「手段」でした。
きっかけはひとりで暮らす義理のお母さん(美智子さん)です。子供が独立しお義父さんが亡くなってからずっと元気なく暮らしていました。長年主婦として家族を愛し世話を焼き生きてきた人ですから、ひとり暮らしになって日々の張り合いや生きがいがなくなってしまったのです。

ビヨンドザリーフ代表の楠 佳英さんと義理のお母さんの美智子さん。

義理の母は編み物が好きで私にもいろいろプレゼントをしてくれました。本人には趣味でしたがその作品はファッション業界で働く私から見てもかなりクオリティが高いものでした。
そこで「そうだ! 母の編み物の技術と私のファッション業界での経験を組み合わせて新しい価値を生み出せないだろうか? そしてゆくゆくは、母のようにひとりの時間を持て余している高齢者がもう一度社会に出て生き生きと活躍できるような仕組みを作りたい!」と考えたのです。

お母さんに、得意な編み物を生かして「新しい生きがい」を持ってほしいと思ったのですね。

楠さん
はい。私自身も丁寧に時間をかけることで生み出される「編み物」の良さに惹かれました。そこで今の流行を取り入れたデザインで私がニットのクラッチバッグを企画し、母に毛糸を編んでもらい、義理の妹に商品を売るためのホームページを作ってもらってそこからスタートしたのです。

編み物というとセーターやマフラーを思い浮かべますが、アイテムとしてバッグを選んだというのはなぜでしょうか。

楠さん
活動を広げるためにはきちんと売れる商品を作ってブランドを存続させなくてはなりません。しかし手の込んだ手編みのセーターでは価格が高くなりすぎてしまいます。試着のできないネットショップで高額なものを買う人は少ないですよね。でもバッグなら小さいので買いやすい値段に設定できるし、さらにそれが素敵なバッグであれば何個でも持っていただけますからね。

なるほど戦略的です。楠さんがファッション業界で活躍していたご経験があってこそのアイデアですね。

楠さん
ソーシャルビジネスとしてはブランドの背景にあるストーリーに共感してもらうことも大切ですけど、そこから商品の魅力で顧客になっていただけたらさらに嬉しいですね。反対に、商品の魅力から購入してくださった方に「シニアが生き生きと活躍する社会をつくる」という私たちの活動を知っていただけたらなお嬉しいです。双方を結んだ関係を広げていきたいのであればソーシャルとアパレル、両方のビジネスで評価されなくてはなりません。

相乗効果で輪が広がるイメージですね。

海のモチーフ(貝やヒトデ)にニットの編み物という組み合わせが特徴です。
アクセントのモチーフと革紐は好きなデザインや色を選べます。
インナーバッグの布も開いた時に美しく見えるような細かいこだわりが。

ところでこちらのバッグはみな手の込んだ模様編みのニットに貝殻やヒトデのモチーフが特徴的ですが、なぜニットに海のモチーフなのでしょうか?

楠さん
編み物は冬のイメージですが、そこに私がもともと好きだった海のモチーフを合わせることであえて季節感をなくしました。夏のイメージのカゴに冬のニットもそうですね。これには一年中売れるものをという商売的な視点だけではなく、「冬と夏」、「高齢者と若者」、「伝統的なおばあちゃんの編み物と最先端のファッション」という、一見正反対なものが組み合わされることで新しい価値が生まれることを現しています。
「Beyond the reef(サンゴ礁の彼方)」というブランド名にはその価値を広げていきたいという思いも入っています。

夏はヘンプ(麻)素材で編んだバッグも大人気でした。

好きなものが仕事になる。お客さまとの関わりで生まれた喜び

編み手の「おばあちゃん」である美智子さんと昌子さんに伺います。美智子さんはお嫁さんからの「お母さんの編み物でブランドを作りたい」との提案でこのお仕事を始めることになりましたが、最初はどうでしたか?

美智子さん
編み物が仕事になるとは思っていなかったです。でも佳英さんに「こういうの編んでみて」「かわいい!」と言われて編んでいくうちに商品の人気が広がって、私の他にも「編み手」さんや、裏地などを取り付ける「縫い手」さんが増えて、同世代だけでなく若い人も増えて、会社が大きく成長していく喜びを私も一緒に体験させてもらっています。

得意なことを生かせる場を持てた喜びを語る美智子さん。

楠さん
編み物は時間がかかるので母の他にも編み手さんが必要になりました。でもなかなか編み物ができるおばあちゃんが見つからなくて…おばあちゃんたちは隠れていますから(笑)そんな時、編み物やミシンの手仕事を通じてお年寄りや障害者の仕事をつくるコミュニティカフェ「いのちの木(横浜市都筑区)」があることを知って、運営するNPO法人「五つのパン(横浜市都筑区)」さんにコラボレーションをお願いしたのです。そこで昌子さんはじめ多くの編み手の「おばあちゃん」に出会えました。

編み手の「おばあちゃん」はお店で接客もしてくれます。

昌子さん
編み物は長くやっていても私たちは自己流でした。買っていただける価値のある「製品」にするために、まずはひとりひとり違う編地の固さの加減や出来上がるサイズを規格に合わせることが大変でしたね。

楠さん
ひとつひとつ違うのが手仕事の良さですが、商品として売るのなら品質を高く保たなくてはみなさんに充分な報酬を支払える価格を設定できません。みなさんにはきちんと稼いでもらって、納税してもらって、肩で風を切って街を歩いてほしいですから(笑)

ひと目ひと目を丁寧に編む。未来に伝承したい素晴らしい技術です。

昌子さん
一般的な編み物の内職って手間暇かかる割に賃金がとても安いのです。主婦の手仕事は趣味の延長に思われやすいからでしょうか。
ありがたいことに、ここでは品質チェックは厳しいですがその手間暇に見合った報酬をいただいています。
お客さんにとっても決して安くはない価格なので、当然満足できるものでなくてはいけませんよね。出来上がったバッグには編み手と縫い手の名前が書かれたカードが入るので、自分の作品として恥ずかしくない製品にしたいという思いも生まれますね。

編み手さんと、裏地をつける縫い手さんのお名前カードが入ります。

ただ楽しく働く場ではなく、適正な価格で売り、作り手にしっかり稼いでいただく、そこに働きがいややりがいも生まれるのですね。

楠さん
はい、みんなが潤ってくれないと続けていけませんからクオリティや価格に対する厳しさは絶対必要です。
私は大学生の起業家支援の活動もしているので起業家を目指す若い人にもよく話すのですが、起業ってすごくエネルギーが必要なので自己犠牲の上では長く続きません。夢を叶えたいならきちんと稼いで周りのみんなも潤ってもらえないとね。ウチは安売りもセールも友だち割引も一切しません。でも修理は永久無償で受けています。

昌子さん
私は大阪人なので商売は稼いでなんぼだと思っています。でも、ちゃんと利益を出してきちんと報酬を払うって本当に大変ですよね。私たちは社長の考え方に共感しますし力になれることが嬉しいです。
あとね、私はこの話をあちこちでしてしまうのだけど、前に新幹線で偶然乗り合わせた30代くらいの女性の方がビヨンドザリーフをご存知で、私が編んでいるとお話をしたらすごく驚いて「私バッグ持っています!会えて嬉しいです!」と喜んでくれたのです。
ホームに降りてもずっと手を降って見送ってくださって、とても感激しました。こんなおばあちゃんなのに…この仕事に出会えて幸せだと思いました。

大阪人なので!と関西弁で明るく話す編み手の昌子さん。

実店舗からさらに広げていきたいコミュニティづくり

この夏、アトリエ&ショップが日吉(横浜市港北区)にオープンしましたが、ネットショップだけでなく実店舗を持ちたいと思ったのはいつからでしょうか?

お店は白い壁に大きな木の扉が目印です。

楠さん
最初から思っていました。その理由のひとつは、やはり実際の商品を見て、手にとって、鏡に合わせて買っていただいたほうがお客さまにとってのベネフィット(消費者が得られる価値)が高くなりますよね。ウチの販売員はみんな作り手さんたちです。私たちがお客さまと直接お話ができるようになって、商品のことや活動のことがさらに伝えやすくなりました。

ふたつ目は地域にコミュニティを作りたいからです。人と人とが実際に出会いつながることで新しい何かが生み出せるのではないかと。10月からここでワークショップを開く予定です。ここを拠点にたくさんのつながりを増やしていきたいですね。なぜ横浜の日吉なのかは単純に私の地元だからです(笑)

みっつ目はシニアの雇用の可視化です。
高齢化が進む日本で私たちもすぐシニアになるわけですよね。だけど高齢化社会のことを語る時っていつもネガティブな言葉が多く出てきます。年金がないとか医療費とか介護問題とか。今のままだと未来が明るくないじゃないですか。でもそうではなくて実はシニアの方たちはまだ元気で可能性をいっぱい秘めている、私たちが雇用という仕組みを作ることができればもっと活躍し生きがいを持ってもらえる。その姿を高齢化とは縁遠い若い人に見てもらい考えるきっかけになってほしい。
だからみなさんにお店に出てもらっています。可視化するというのはそういうことです。好きなことで生き生きと働くシニアの姿が眼の前にあれば、年を取ることはネガティブなことではないという希望が持てますよね。

「おばあちゃん」スタッフの頼もしさに佳英さんも笑顔。

たしかに、元気なシニアの姿は私たちにとって未来の希望ですね。

楠さん
はい、まだこれからですが、ゆくゆくはこの雇用を生むコミュニティづくりをパッケージ化して全国に広げていきたいです。
プロデュースするのは地域の特産品でも工芸品でもなんでもいい。大切なのは雇用を生むこと。働く場所と仲間と仕事を提供できる仕組みです。海外も視野に入れています。

あとはですね、今さまざまな事情から社会で働きづらい人が多くいますが、シニアだけではなくそういう人にも光を当てていきたいと思っています。そこには専門家の力も必要なのですぐには難しいですが、いつかはそれもやっていきたいです。

いったん社会から離れても、好きなことや得意なことで再び社会に参加できる。そういう仕組みが生まれるコミュニティがこれから全国に広がってほしいです。今日はありがとうございました。

楠さん
9月19日(水)〜25日(火)には髙島屋横浜店に期間限定のポップアップストアを開きます。秋の新作と当社自慢の「おばあちゃん」スタッフに会いに来てくださいね。

Beyond the reef(ビヨンドザリーフ)

アトリエ・店舗:横浜市港北区日吉本町1−24−8
営業時間: 水、木、金、土、日 11:00~18:00
定休日: 月、火

ブログ:https://ameblo.jp/kae-sea/

文=大関留美子
写真=鳥羽剛

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